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【EDIX2026】とりあえず普通科文系の終焉…文科省 合田氏

 2026年5月13日「EDIX東京」初日に開催された文部科学省 高等教育局長の合田哲雄氏による基調講演「Diversity with Qualityと高等教育 -2040年の社会・地域・デモクラシーと学び-」についてレポートする。デジタル化による社会構造の激変と、それに伴う初等中等教育から高等教育に至るまでの抜本的な改革の必要性、日本の教育が直面している課題とは。

教育行政 文部科学省
文部科学省 高等教育局長 合田哲雄氏
  • 文部科学省 高等教育局長 合田哲雄氏
  • 「Diversity with Qualityと高等教育 -2040年の社会・地域・デモクラシーと学び-」配布資料より
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 第17回「EDIX東京」が、2026年5月13日から15日まで東京ビッグサイトで開催された。本記事では、初日に実施された文部科学省 高等教育局長の合田哲雄氏による基調講演「Diversity with Qualityと高等教育 -2040年の社会・地域・デモクラシーと学び-」についてレポートする。

 デジタル化による社会構造の激変と、それに伴う初等中等教育から高等教育に至るまでの抜本的な改革の必要性、日本の教育が直面している課題とは。合田氏が示す2040年の社会と大学教育の在り方に迫る。

デジタル化の本質と公教育のパラダイムシフト

 現在、私たちの社会はデジタル化という不可逆な変化の中にある。合田氏によると、デジタル化の本質は、あらゆる社会システムの軸足がサプライサイド(供給側)からデマンドサイド(需要側)へと移ることにあると言う。

 「これまでの学校教育は、分断された業界ごとのシェア争いを「努力と根性」で勝ち抜く経済社会に対応した「好きを諦めさせ、嫌いを強いて総得点を上げる修行」にならざるを得なかった。しかし、デジタル化はこの構造を無効にする。修行の前提として同質性の高い集団における競争は、勝者と敗者の分断を生むだけでなく、多様性から生まれる知的・社会的・文化的な価値の創造を阻害してきた」(合田氏)

 これからの公教育には、デジタル端末を使いこなし、子供たちが自らの関心や特性に応じて「必然性を実感できる学び」を自ら調整できるよう導く役割が求められる。それは、「単なる放任ではなく、教科の見方・考え方を武器として社会生活でより質の高い判断ができるようにするとともに、他者の特性や関心も尊重するための『共生の作法』を共有するプロセスである」と説いた。

 初等中等教育においては、「網羅主義」「指導書準拠」「歴史教科書脚注入試」という、いわば「鉄のトライアングル」を創造的に破壊する学習指導要領の構造の転換について議論が進められている。客観テストで測定できる「知っている・できる」レベルの学力から、自由記述やパフォーマンス課題を通じて「わかる」「使える」レベルの、より高次の資質・能力への転換が急務となっている。

 具体的な施策として、教育課程の「1階部分(学校共通の教育課程)」と「2階部分(個々の児童生徒に着目して編成する教育課程)」の柔軟な組みあわせが構想されている。

 これにより、不登校の児童生徒や日本語指導が必要な子、あるいは特定分野に特異な才能をもつ子など、多様な子供たちを複層的に包摂することが可能となる。

 特に高等学校段階では、単位制の大幅な柔軟化や、科目統合、履修免除の仕組みなどを通じ、多様な生徒たちを包摂する教育課程の構築を目指している。

高等教育の現状と2040年の危機:文理分断と需給ミスマッチ

 高等教育に目を向けると、より深刻な構造的課題が浮かび上がる。現在、日本の18歳人口は約110万人であるが、2034年度以降に急減し、2040年度には74万人にまで落ち込み、大学進学者数も現在の約63万人から46万人まで減少すると見込まれる。この人口動態は、大学の量的規模の適正化を避けられないことを意味している。

 合田氏は、日本の大学は、創設時期により4つの世代に分類され、「逆ピラミッド構造」を形成していると指摘する。第1世代大学(明治~1959年)は、大学入学者全体の約58%(約36.7万人)という非常に高い割合の学生が集中しており、おもに大都市圏に位置する有名大学で、高所得層出身の学生が比較的多く、理工農・保健系比率が比較的低い。

 対照的に、1975年以降に創設された第3・第4世代大学は、大都市圏以外にも広く分布しており、1校あたりの規模は比較的小さい。これらの大学は、理工農・保健系比率が相対的に高く、看護をはじめとする地域社会を支える資格関係分野の人材養成を担っており、女子学生の割合が高い点に特色がある。

 このように現在学生は依然として第1世代大学に集中していて、何も政策的な措置を講じなければ2040年に向けた急激な人口減少によりますますこの傾向が強くなる。しかし、第1世代大学、特に首都圏の大規模私立大学は入試に数学を要しない人文・社会科学系の学生定員の割合が極めて高くなってしまう。大学の量的規模の適正化と機能強化を図るにあたっては、地域や専攻分野のリバランスを図ることが不可欠となっている。

 さらに深刻なのは、産業界の需要と大学の供給のミスマッチである。2040年の就業構造推計によれば、事務職は大幅な余剰(約437万人)となる一方で、AI・ロボット等の利活用を含む専門職や現場人材は深刻な不足に陥る。学歴別に見ても、大卒・院卒の文系人材は76万人余るが、理系人材は124万人不足するという予測が立てられている。

 このような推計は生成AIの飛躍的進化の中で変化するものであるし、デジタル時代だからこその人文学や社会科学の重要性は論を俟たないが、どんなに社会が変化しても間違いなく言えることは、大正7年の(旧制)高等学校令を嚆矢とする日本固有の文系・理系という分断構造を今こそ転換しなければならないこと。合田氏は、日本社会に抜きがたく存在する文系・理系という古い相場観を鋭く批判する。

 「日本の高校生の半分が、数学が難しいからと消去法的に『普通科文系』を選択し、女子学生に至っては理数系の能力が高いにもかかわらず、さまざまなバイアスにより普通科理系、理工農系学部を選ぶ割合が不自然なほど激減する。『とりあえず普通科』『女子は文系』『早めに理数科目を捨てて3科目の偏差値を上げて首都圏・大都市圏の大規模大学に進学すれば生涯安泰』という意識は、社会の構造的変化の中で通用しないし、本人にとっても社会にとっても桎梏になっている」(合田氏)。

 これまでは文系の方が、給料が高く「つぶし」が効くと言われてきたが、理系出身者の平均年収(702万円)は文系出身者(660万円)を上回る傾向があり、文系ホワイトカラーの仕事がAIに代替される時代、文理分断により理数・デジタルの素養を欠くリスクは極めて高いと言う。歴史や哲学、経営や法律のセンスや思考は今後とも重要だが、同時に数理・デジタルの知識をもち、生成AIやデジタルの構造を理解していることが不可欠だ。合田氏は、「文理分断は、教育システムの課題やバイアス、あるいは社会的な意識の問題として克服されなければならない。個人のウェルビーイングの観点からも重要である」と危機感を示した。

 ただ、目の前には文系偏差値を軸にしたかなり強固な「普通科文系偏重」の構造があり、まずこれを打破し、哲学や歴史を視野に入れた数理デジタル・メディカルの学び、数理デジタルの素養をもった人文学・社会科学の学びを実現するために、初等中等教育から高等教育にかけて生徒数・学生数の急減を前提として、高校の理系専門学科、大学(学士課程)の理工農系・デジタル系シェアを政策的に拡充したポートフォリオのイメージを提示した。

 高校の理系シェアを27%から39%へ、大学の理工農系を22%から35%へと大幅に引き上げるという、次代に向けた構造転換の姿が描かれている。一方、生徒数や学生数が急減することにより高校の文系シェアは47%から31%へ、大学の人文・社会科学系は46%から34%へと大幅に縮小する。厳然として存在する文系偏差値を中心にした構想を創造的に破壊し、保護者や社会の間に根強く残る「高校は普通科、大学は文系」という古い相場観に基づく文系・理系の分断構造が、もはや未来の生存戦略としては通用しない現実を浮き彫りにした。

大学の機能強化と地域・社会のリバランス

 2040年の危機を乗り越えるため、文部科学省は2026年度から「大学の量的規模適正化総合施策」を推進する。2040年に向けた高等教育改革の柱は、大学の量的規模の適正化と機能強化の両立である。まず、首都圏・大都市圏の大規模私立大学については、理工・デジタル分野への重点化と、人文・社会科学系学部のダウンサイジングを通じた教育の質の向上が求められている。単なる規模縮小ではなく、学生教員比率(ST比)の改善や、文系学生への数理デジタルリテラシーの習得の徹底が必要である。

 一方、地方においては、大学を「地域を支える最後の砦」として再定義する。各道府県では知事と学長が人材需要を共有し、地域の医療、福祉、産業、インフラを支える人材育成の在り方を協議・実行するコンソーシアムの形成が不可欠となる。合田氏は、入学者の多くが地元出身で、8割が地元の医療機関等に就職する鳥取看護大学の例をあげ、「地域に根ざした教育機関がなければ、学生たちは都会へ出て行き、地域に人は戻ってこない。地域を支える強靭な教育力をもつ大学は守り抜かなければならない」と危機感を示した。

 国立大学にも、研究力強化に加え、地域の高等教育機関のコーディネート役としての機能が期待されている。また、公私立の高専(高等専門学校)の設置促進も、地域産業を支える実践的人材育成の切り札として位置づけられている。

 これらの方針を実現するための財政基盤として、都道府県に「高校教育改革基金(2,950億円)」を造成し、さらに「成長分野転換基金」を既存分とあわせて約1,000億円規模に拡充して、大学の機能強化を推進していく。合田氏は、日本に特有の「文理分断」という構造を、「高校と大学が一体となって変えていくことが、15年後の未来において若者たちが自らの関心や適性を踏まえて進路を選び、社会を支えていく基盤を形成するうえで不可欠である」と強調した。

AI時代の人間と教育:マスターナレッジワーカーへの道

 生成AIの飛躍的進化は、人間が担うべき役割を再定義している。情報の整理や分析をAIが担うようになる中で、人間には「本質的な問いを立てる力」「意思決定する力」「その判断の責任を、誇りをもって引き受ける覚悟」が求められる。

 合田氏は、アリゾナ州立大学のポール・ケイ・マツダ教授の言葉を引用し、これからの大学教育は「マスターナレッジワーカー」を育成する場であるべきだと述べた。それは、AIを使いこなしつつも、自らの言葉で判断を示し、批判を恐れない姿勢をもつことであると言う。

 「AIの進化に伴い、情報の整理や伝達といった従来の中間的な業務はAIに代替されていく。教育はこの大きな変化を直視し、単なる知識の習得にとどまらず、子供たちが自らの特性や関心に基づいて『学びの必然性』を実感できる環境を整えなければならない。そのためには、学習者が困難な課題に主体的に挑む『知的な修羅場』を経験し、自己の立場を確立していくプロセスを重視する教育設計が不可欠である」(合田氏)

 合田氏は講演の終盤、次代を担う子供たちに対する「大人の責任」について、深い自戒を込め「大人がかつての自身の経験や古い相場観を優先し、子供の進路を無意識に誘導してしまうことは、激変する未来を生きる彼らへの責任ある態度とは言い難い」と語った。さらに、学びを通じて自らの知識やリテラシーを更新したり高めたりすることを止めたまま影響力を振るい続けることの危うさを指摘し、「学びを止めた人が影響力を行使するようになった瞬間に老害が生じる」という知人の言葉を引用しながら、「それは年齢の問題ではなく、学びへの姿勢の問題である」と語った。

 結びに合田氏は、「今、私たち大人自身がどう学んでいるのか、それが問われている。ぜひ、次世代の子供たちに対して、今の我々がなすべきことは何なのか。そのことを皆さんと共に議論し、会話を続けながら、これからの未来を創っていければと願っている」と語り、2040年の未来に向けた自身の決意を表明するとともに、社会全体へ呼びかけ、講演を締めくくった。

《田口さとみ》

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