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【EDIX2024】GIGAスクールは「学習権の保障」文科省 武藤氏

 2024年5月10日、「EDIX(エディックス)東京」最終日の特別講演「GIGAスクール第2期に向けて~次期教育課程を見据えつつ、活用格差を解消したい」に登壇した文部科学省 初等中等教育局 教育課程課長(前学校デジタル化PTリーダー)の武藤久慶氏は、格差是正の必要性を呼びかけた。

教育行政 文部科学省
文部科学省 初等中等教育局 教育課程課長(前学校デジタル化PTリーダー) 武藤久慶氏
  • 文部科学省 初等中等教育局 教育課程課長(前学校デジタル化PTリーダー) 武藤久慶氏
  • EDIX 特別講演「GIGAスクール第2期に向けて~次期教育課程を見据えつつ、活用格差を解消したい」文部科学省 初等中等教育局 教育課程課長(前学校デジタル化PTリーダー) 武藤久慶氏
  • 公立の小中高ネットワーク速度、当面の推奨帯域を満たす学校はが約2割。「不具合の原因を特定し、回線契約を見直してほしい」(武藤氏)

 教育分野としては日本最大の展示会「EDIX(エディックス)東京」が、2024年5月8日から10日まで東京ビッグサイト西展示棟で開催された。3月までGIGAスクール構想の総括担当の課長職を務めた文部科学省 初等中等教育局 教育課程課長(前学校デジタル化PTリーダー)の武藤久慶氏の特別講演「GIGAスクール第2期に向けて~次期教育課程を見据えつつ、活用格差を解消したい」は最終日10日に行われた。講演会場は満席となり、多くの教育関係者の注目が高まった。

GIGAスクールの原点「学校が世の中に追いつく」

 武藤氏は冒頭、GIGAスクール構想の原点について言及。「Society5.0時代に生きる時代の子供にとってICT端末はマストアイテム。社会ではすでに日常のものになっているが、学校だけが遅れたままで良いわけがない、という熱い強い思いがあって今に至る。ICTという新しいものが学校に追加されるのではなく、足りなかった当たり前のものを取り入れて、学校が世の中に追いつくという捉え方が正しい」と、これまで文科省が発信してきたメッセージを引用し述べた。

 新学習指導要領、学校の働き方改革、GIGAスクール構想が三位一体的に進み、日本の学校教育の良さを受け継ぎながらも課題を乗り越えていこうと、全国の教育関係者が奔走してきた結果、わずか1~2年で全国にGIGA端末が導入され、活用率も伸び、PISA2022調査結果*ではOECD加盟37か国中トップとなった。*経済協力開発機構(OECD)の国際的な学習到達度調査

 武藤氏は、「PISA2022の日本の好成績には、ICTを学びに使うことへの慣れも作用した。これまで進めてきたGIGAスクールの方向性は間違っていない。しかしながら、一方では見過ごしがたい格差が生まれたのが現実。全国調査の結果から、クラウドが使われていない、毎日持ち帰って利用していないなど、端末がまだ文房具になりきっていないことが明らかになっている。格差が生じてはいけないという熱い思いで、教育委員会、学校の先生、EdTech企業の皆様が一丸となってGIGAスクールを進めてきたのに、使うところと使わないところで格差が拡大するのでは本末転倒」と語った。

文部科学省 初等中等教育局 教育課程課長(前学校デジタル化PTリーダー)武藤久慶氏 特別講演「GIGAスクール第2期に向けて~次期教育課程を見据えつつ、活用格差を解消したい」

格差是正の必要性

 次に、端末の更新を控えるGIGAスクール第2期を視野に「なぜ個別最適なのか」について調査データを用いて確認した。スライドに表示された文科省の調査結果によると、小学4~6年生の授業の理解度は「簡単すぎる」23.3%、「難しすぎる」26.5%。中学1~3年生は「簡単すぎる」が小学生よりも減り11.1%、「難しすぎる」が32.8%に増加している。

 武藤氏は、「理解度と学力にばらつきがあるが、今までどおりのやり方で教育を続けていくと中間層の学力にあわせた指導をせざるを得ないため、この格差を埋められない。内閣府の調査で『授業がわからない』と回答した貧困層の子供は、比較的安定した家庭の子供の3.3倍いるということが明らかになった。

 子供から大人まで、時間も場所も問わず自分の端末で自分の好みの速さでエンタメを楽しんでいる時代。Z世代が好む再生速度は1.25倍といわれている。そういう状況の中で、子供たちは皆が同じことを同じペースでやることに疑問をもっている。日本型の一斉指導は世界に冠たる成果を収めてきたし、その拠って立つ足場が揺らいでいることには自覚的になるべき」と述べ、家庭環境、生まれ月、地域の差や、不登校、外国籍の子供など、ひとつの学級で多様な子供がいることを指摘。さらに、話すことが得意、書くことが得意、文字情報の扱いが苦手、特定の分野に集中力を示すなど、ひとりひとりの認知特性にも差があることに言及し、GIGA端末を活用した個別最適な学びの推進を呼びかけた。

自由進度、複線化で学びを保証

 続いて「もっとも重視しているのは、学びの保障の観点」とし、さまざまなGIGA端末の活用事例を紹介した。

・休校でなくても授業はデフォルトで中継(東京都港区)
・外国籍の児童が翻訳機能、読み上げ機能を使用(静岡県吉田町)
・保健室登校の子供にも授業を中継(新潟県新潟市)
・生徒数が少ない山間部の中学校で、町の中学校と一緒に取り組む授業(熊本県高森町)
・病室・療養中の児童に授業を中継(新潟県新潟市)
・実物投影機を1人1台端末に中継し後方の生徒も大きくわかりやすく(北海道札幌市)

 武藤氏は、東京大学の近藤武夫教授の論考を引用し、“GIGA端末のキーボードで作文を書く限りでは、書字の極端な障害のある児童も困りを感じない。リマインダー機能を使えば忘れ物を回避できる。既存の学校の慣行を変えてしまえば、子供たちはよく学べるようになるという教師の肌感覚、能力観の変化は、端末が存在するという事実以上に、インクルーシブな学びを生み出すうえで大きな意義をもっている”と述べた。また、「目覚まし時計をかけずに朝起きている方はこの会場にもほとんどいないのではないか。テクノロジーの力を借りて朝起き、私たちは活動している。GIGAスクールも同じことで、テックの力でみんなが学びやすくするということ」と述べた。

 「一方で、小学校では教室の活動全体を1人の教師が一貫性のある形でデジタル化することが可能だが、中学校からの教科担任制はそれを難しくすることがある。担当の先生の考え方や対応力の違いで、生徒が不合理と思えるほどGIGA端末の利用範囲が制限・変更されてしまう。せっかく小学校段階で見えなくなっていた児童生徒の困難が可視化されてしまう。この場合、問題があるのは子供たち個人の特性だろうか。それとも組織的な判断に不慣れな学校や教育委員会、文科省などの環境や慣行なのかといえば問題は後者」と近藤教授の厳しい意見も紹介し、教具としての活用の観点だけでなく、文房具として活用を推進する必要性を強調した。

 さらに次の個別最適の事例として、GIGAスクールとふるさと納税で実現したオンライン英会話授業、ChatGPTやGenerative Voice AIの活用、一斉、個別、協働といったさまざまな学習形態が同時に進行する授業などを紹介した。

「職場での問題解決も1人ではやっていない。いろいろな人に協力してもらい学んでいる。教育も自由進度、複線化をしていくべき」文部科学省 初等中等教育局 教育課程課長(前学校デジタル化PTリーダー) 武藤久慶氏

GIGAスクールよくある疑問5つに回答

 次に武藤氏は、GIGAスクールの代表的な論点5つに対して次のように回答した。(以下、要約)

1.GIGAで力を付ける

 主体的で対話的で深い学びの観点から授業改善を行っている学校ほどICT機器を活用している。そうした学びをしている生徒ほど平均正答率が高い。また、情報活用能力について先生から手厚いサポートを受けている生徒ほどICTの効果実感が高い。そこに学びがあるのか見極める教師の目が大切。たとえば、スライドを作成するという活動を行っているとき、果たして生徒は本当に調べているのか? 単に「集める」になっていないか? あるいは、これまで手書きで書かれていたものが活字になり、一見立派に見えることによって、評価の目が曇っていないか。また、思考ツールにしても、それを用いているだけで立派に見えるが、本当に思考しているかを見極めているか。新たな知識と既得知識が関連付けられたり、各教科等で扱う主要な概念の深い理解につながっているか。そのためにデジタルが有効に活用されているか。

2.余計忙しくなるのでは

 校長先生は出張先からスピーディに指示や決裁ができる。先生方はクラウドで授業の量の調整・実践の共有ができる。力を使うべきところで力を使う。先生方が研修・会議でクラウドを活用すれば、共同編集、相互参照の便利さに気付く。すると授業で使おうとなる。校長先生が率先してデジタルを活用し、デジタル校長だよりをクラウドで配信し、授業や先生の取り組みを紹介している学校がある。アンケートも即時回答、即時集計でき、PDCAを回すスピードを速めることができる。

3.指導に余計手間がかかる

 そもそも情報活用能力=学習の基盤。利用頻度が高い子ほど効果を実感している。公立の小中高ネットワーク速度は、当面の推奨帯域を満たす学校が約2割という調査結果が出ている。不具合の原因を特定し、回線契約を見直してほしい。子供に学びが届かないのでは意味がない。

公立の小中高ネットワーク速度、当面の推奨帯域を満たす学校はが約2割。「不具合の原因を特定し、回線契約を見直してほしい」(武藤氏)

4.端末の持ち帰り

 学習指導要領にも家庭と連携を図り児童の学習習慣が確立するよう配慮する、とある。そこに文房具として端末があるのは必然。PISA2022の結果から、日本の子供たちは自律学習を行う自信が低い、自律性、自己調整能力や非認知能力が弱いということが示されている。学力はトップクラスだが、人生100年時代、そこに安住していてはまずい。先生方が自前主義から脱却することが改革のカギ。カリキュラムの中に意図的に家庭学習に組み込まれているかどうかも大切。NHK for Schoolには10,000本の番組があるのでこちらも上手く活用してほしい。先生の働き方改革と教育の質の向上は両立するべき

5.デジタルなのかリアルなのか

 どちらかというのはナンセンス。体験 or ICTではない。デジタルを使うことによってリアルが充実する。実験や体育の実技を録画しクラウドにアップし比較したり、他者と改善点を話しあったりしている。実験の結果をデジタルで記録し、班ごとの結果をスピーディに比較することもできる。生徒会で、フォーム等を使用して、意見を即座に集約、共有し、少数意見も可視化して効率的に合意形成していくという例がある。合意の質を高めるという大人も十分できていないことを、子供たちと先生方が今やっている。学習指導要領に “互いの良さや個性、多様な考えを認め合い、等しく合意形成に関わり役割を担うようにすることを重視する”と書かれている。こうした高い理想に近づくためにデジタルが有効活用できる。

GIGAスクール第3期へ…2026年度中に活用状況を検証

 武藤氏は最後に、「今日お集りの皆様のようなGIGAスクールを進めてきた方々、デジタル、クラウド、端末のおかげで、子供たちの学習権がこの3年で進展してきている。総合経済対策に、2026年度中にGIGAスクール第2期の活用状況の検証を行い、GIGAスクール第3期について方向性を示すと明記している。気が早いかもしれないが、第3期に向けて、端末の更新が滞るようなことあれば、学習権の後退が生じる。この2年間は勝負」と呼びかけ、講演を締めくくった。

《田口さとみ》

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