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子どもたちに格差のない体験と学びをCFC×長野市が挑んだ「所得制限なし」のクーポン事業

 経済産業省は、自治体と民間サービスとが連携し、多様な学び・体験の選択肢を拡充していくことが望ましいとの考えから、これらの課題感を踏まえた新たな取組を進めています。

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新たに生まれる学び…リソースはどうするか

 新学習指導要領や進化するテクノロジーの台頭により、プログラミング学習や探究学習、協働的な学びといった新たな学びが次々と生まれています。経済状況や地域などに関わらず、すべての子どもに新たな学びの選択肢が与えられることが望ましい反面、現状の学校のリソースだけですべての学びを提供することは難しくなっているのが現状です。
 そこで経済産業省は、自治体と民間サービスとが連携し、多様な学び・体験の選択肢を拡充していくことが望ましいとの考えから、これらの課題感を踏まえた新たな取組を進めています。
 今回は、2023年度の「未来の教室」実証事業に採択された公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン(以下、CFC)と、長野市で取り組んだ「子どもの体験・学び応援モデル事業」を取り上げます。

全国初、所得制限なしの教育クーポンを実現したモデル事業とは

 CFCは、経済的困難を抱える子どもに対し、個人や企業からの寄付金を原資に、学習や体験活動で利用できる「スタディクーポン」を提供する事業を展開してきました。2023年度の実証事業では、長野市と連携し、全国初の子どもの体験活動支援を軸とした所得制限のない全小中学生を対象としたポイント配布事業に取り組みました。

 長野市は、子どもの成長につながる体験や学びの機会を提供し、市民の皆さんと共に市全体で子どもたちのチャレンジを応援するため、昨年11月に「子どもの体験・学び応援モデル事業」(通称「みらいハッ!ケン」プロジェクト)をスタートしました。これは、子どもたちに体験・学びの機会を通して未来を発見してほしいという想いのもと、スポーツや文化芸術活動、自然体験、民間の各種教室など、市の登録を受けた多岐にわたるプログラムに利用できる電子ポイントを配布するという事業です。最大の特徴は、ポイント配布を「所得制限なく」行ったことです。対象は長野市に居住しているすべての小中学生約2万8,000人で、子ども1人あたり1万円分の電子ポイントをその保護者に対して配布しました。経費は2023年度補正予算で計上し、利用期間は2023年11月1日~2024年1月31日の3か月間で実施されました。
 所得制限を設けなかった意図について、長野市は「所得や家庭の事情に関わらず市内の小中学生全員に体験の機会を提供したい、という想いが大前提でした」と語ります。

全国に先駆けたポイント事業…長野市の大きな2つのポイント

 所得制限を設けなかったことに加え、長野市のモデル事業には大きく2つの特徴がありました。
 1つ目はポイントの利用対象に体験プログラムを盛り込んだこと、2つ目は地域コーディネーターを配置したことです。

 1つ目の特徴である、ポイント利用対象について、長野市のモデル事業では、塾や習い事などの教育サービスだけでなく、単発のイベントや自然体験といった体験プログラムにもポイントを利用できる設計としました。他自治体の既存施策では、学習や受験支援など教育サービスに対するクーポン事業を展開しています。CFC・奥野氏は「この体験プログラムの提供が、他の自治体に類をみない特徴であり、長野市の取組の核となる部分であったと思います。」といいます。「体験プログラムは500円や1,000円など安価に設定されたプログラムが多数ありました。調査データによると、習い事に利用するケースでは1箇所で1万円分を使うケースが多くみられた一方で、全体の約4割が3,000円以下の体験プログラムでポイント利用し、最大で8箇所のプログラムや習い事で利用したという事例もありました。もらったポイントを使って、今まで経験できなかったことに挑戦した家庭も多かったようで、今回のモデル事業を機に新たな体験に繋がったという子どもたちを増やすことができたと感じています。」
 長野市では、1人でも多くの子どもたちがいろいろな体験をして、好きなことを見つけられる事業を目指しました。「教育サービスだけでなく、地域の団体や個人による活動など、合計800以上ものプログラムの登録がありました。また、冬季に行ったことから、スキー体験など季節に応じたプログラムなども提供することができ、多様な選択肢を提供できたと考えています。」(長野市)といいます。
 2つ目の特徴である地域コーディネーターは、経済的・社会的に困難な状況に置かれ、制度が届きづらかったり、利用に至りづらいといった事情を抱える子どもや家庭をサポートし、ニーズに即したプログラムや居場所につなげる役割です。CFC・奥野氏は「他自治体ではなかなかできないことを実現できた」と評します。
 今回のモデル事業では地域コーディネーターを5人配置しました。もともと長野市内で福祉関連や教育支援の活動をしている団体がその役割を担いました。ポイント利用の相談だけでなく、子どもの支援者や保護者が抱える課題やニーズのヒアリング、プログラムの開拓から構築のサポート、特性のある子どもと体験活動のマッチングから当日の付き添いに至るまで、多岐にわたるコーディネーターの活躍によって、体験プログラムへの参加を見送ってしまいがちな子どもたちと体験をつなぐことを可能としました。

ポイントの利用状況と実施から見えた成果とは

 今回のモデル事業では、電子ポイントは、市が発行したIDと仮パスワードを用い、専用サイトに本登録すると付与されます。ポイントを利用するには、利用者である保護者がスマートフォンなどでブラウザ上の検索サイトから利用先を調べて事前に申込みを行い、各事業者が使用ポイントの処理をしていくという仕組みです。長野市では、対象者約2万8,000名のうち、62.6%にあたる1万7,575名が本登録を行い、本登録者のうち74.7%にあたる1万3,120名がポイントを利用しました。初年度の利用者が対象者のおよそ半分という数値について、CFC・奥野氏は「類似事業と比べて高い傾向にあります」といいます。その違いについて「他自治体の事業では利用対象者が限定されていたため、クーポンを使うには利用者からの申請が必要でした。一方で、長野市では所得制限などの利用者の限定がないことから、長野市側からプッシュ型通知を送ったり、小中学校を通じて全校へチラシ配布したりすることができました。そのことによって、保護者がスマホ1つですぐに本登録できるという周知ができ、手続きの難しさなどを理由とする離脱を減らすことができたのではないでしょうか」との見解を示しました。
 さらに、「所得などの制限を設けた場合、クーポンを利用すると自分の家庭の経済状況などが周囲に伝わってしまうかもといった恐れから、利用を躊躇してしまうことがあります。今回のモデル事業では利用対象の限定がなかったことから周りを気にせず利用できるという心理的なハードルを下げることにもつながったと感じます」とCFC・奥野氏は振り返ります。
 また、今回のモデル事業で集計したアンケートの子ども自身の回答の中で注目すべき点は、「通いたいと思う場所ができた」との割合が全体の値が平均5~6%のところ、世帯年収300万未満の家庭では13%だったという点です。「通いたくても通えなかった子どもが、モデル事業を機に通いたいと思う居場所を見つけられたことは、投資効果の高い成果になったのではないでしょうか」(CFC・奥野氏)

事業のさらなる発展へ…2年目のポイント事業をどう進めていくか

 長野市では、令和5年度長野市議会臨時会で令和6年度のポイント事業の継続を決定しました。予算を確保し、4月から本格的実施がスタートしています。前年度のモデル事業では、実施期間が短かったとの声もあったことから、通年利用できるように利用期間を4月上旬~翌年3月末に設定しました。ポイントも、子ども1人あたり3万円分に増額しました。「普段と違うことが体験できて楽しかった」「またやってみたい」といった声もあり、専用サイトの利便性や検索性の向上、当日参加のニーズへの対応など、システムの改善にも取り組んでいます。
 CFC・奥野氏は、長野市と同様の事業を他自治体でも広く展開していきたいと語ります。
「長野市のモデル事業で、教育クーポンが学習支援だけでなく、広く子どもたちと体験をつなげる機会を創出できたことは大きな手応えとなりました。加えて、クーポンを提供するだけではなかなか支援が届かない家庭や子どもがいるという現状を念頭に、今回の地域コーディネーターのようにサポートを必要としているところにリーチできる機能もセットで実施することが、重要なポイントだと感じています。地域コーディネーターを配置した長野市の事例は、全国的にも先進的な取組として、他の自治体にも広がってほしいです」(CFC・奥野氏)
 長野市では、子どもに関する施策の調査研究や子ども・子育て支援事業計画などの業務を担う「こども政策課」内に「子どもの体験・学び応援事業推進室」を設置しました。事業の推進にあたっては、学校を通じた広報、市有施設利用やポイント利用先の開拓など、部局間でも連携・協力しながら、長野市全体としてこの事業に取り組んでいます。
 さまざまな課題を取り巻く環境や背景が多様化している現代では、どのような施策も1部署だけで完結させることが難しくなっており、自治体としての風通しの良さや自治体全体で取り組む体制などが重要なカギとなりそうです。
 CFCと長野市の事業は、新たな学びや体験の場を学校だけに求めることなく、企業や地域コミュニティと自治体が連携し、公財政と外部資源をうまく活用しながら進めたモデルケースとして、大いに参考になるでしょう。

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※この記事は、令和5年度「学びと社会の連携促進事業「未来の教室」(学びの場)創出事業」で作成した、「未来の教室」通信を全文転載しているものです。
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《未来の教室(経済産業省)》

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