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地域完全移行で、部活をサステナブルな活動に【つくば市立みどりの学園義務教育学校/株式会社エンボス企画】

 2022年の「未来のブカツ」実証事業で採択され、先進的な取り組みを進めている茨城県つくば市のみどりの学園義務教育学校(以下「みどりの学園」)及び株式会社エンボス企画による部活動の地域移行を取り上げます。

事例 活用例
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部活動の地域移行で教員の働き方改革実現を目指す

 長時間労働が深刻な問題となっている教員の働き方改革を進めるべく、文部科学省は部活動の改革にも乗り出しています。同省は「休日の部活動の段階的な地域移行」「合理的で効率的な部活動の推進」を掲げ、2023~2025年度の3年間を改革推進期間と定めて、休日における部活動を地域のスポーツクラブなどに移行する段階的な地域移行を進めており、他省庁とも連携して推進しています。
 その一翼を担っているのが経済産業省の「未来のブカツ」ビジョンです。これはスポーツ産業を所管・振興する立場にある同省が、前述の部活動の地域移行に合わせて、新しいスポーツ環境はどうあるべきか、スポーツの社会システム全体をデザインし直したもの。経済産業省の「未来の教室」実証事業プロジェクトにおいても、ビジョンを踏まえて2022年度から未来のブカツの実証を行ってきました。

 そこで今回は、2022年の「未来のブカツ」実証事業で採択され、先進的な取組を進めている茨城県つくば市のみどりの学園義務教育学校(以下「みどりの学園」)及び株式会社エンボス企画による部活動の地域移行を取り上げます。

部活動の地域移行、スムーズに進めるためのカギは…?

 つくば市でスポーツクラブや保育園、放課後児童クラブを展開しているエンボス企画は、筑波大学発のベンチャー企業です。つくば市教育委員会やみどりの学園と連携し、みどりの学園での部活動のうち、運動部・文化部10種目の受け皿となる「みどりのスポーツ&カルチャークラブ(以下、みどりのSCC)」を開設。2022年9月より移行事業を開始しました。
 同校での部活動の地域移行は、2024年度より学校の一部を分離し、みどりの南小学校、みどりの南中学校が新設されることになったのがきっかけでした。2018年に開校した小中一貫校ですが、みどりの駅周辺への子育て世帯の流入が著しく、現在は1年生が約400人、9学年の全児童生徒数は2,300人に上る大型校です。今後も生徒数が増える見込みであることから教室の数が追いつかず、新校舎を増築することとしたのです。
 そうした中、谷池真彦校長は、「移動する子どもたちが、新しい学校でも部活動を続けられるようにしてあげたかった。」と語ります。今年度は週5日の中学生の部活動のうち、平日のうち2日間と土日の活動をみどりのSCCに移行。さらに来年度からは、部活動全てを完全移行する予定となっています。

 エンボス企画の代表を務める小山勇気氏によると、部活動の地域移行をスムーズに進める上で次の4つの点が重要だと指摘します。

(1)質の高い指導者の確保を担保するための有料化
 みどりのSCCによる地域クラブの参加費用は、毎月税込みで3,850円(就学援助を受けている家庭は無料)。これまで無料だった部活動が有料化されるにあたり、一番の懸念は、経済的負担への保護者からの反発でした。ところが小山氏によると、「教員の長時間労働問題に理解のある保護者が多く、反対意見はほとんど出なかった。」とのこと。その一方、保護者にとっては、「お金を払う以上、どんな指導が受けられるのか」が最大の論点でした。そこで小山氏は、保護者に十分納得してもらえるだけの、質の高い指導者の確保にこだわったと言います。
 「地元の筑波大学や、自分自身が監督を務めたなでしこリーグでの経験から、自身のスポーツ界での人脈を活かして、指導員には、元なでしこリーガーやVリーグの元コーチなど一流の専門家に集まってもらいました。こうした指導員に対しては相応の対価として、通常の部活指導員と比較して高めの時給2,500円以上を支払っています。彼らのセカンドキャリアとして成立するよう、十分な委託費を用意することは、事業を継続する上で欠かせないと思っています。」(小山氏)

(2)収益源に学校施設を利用した「習い事」としてのスクール運営
 部活動の参加費を抑えるには、地域クラブ全体の運営をまわすための収益事業が参加費以外に必要です。そこでエンボス企画はみどりの学園と学校施設を無料で利用できる協定を結び、学校施設を活用し部活動以外にも「習い事」としての小学生向けスクール活動を毎月税込み6,600円で提供しています。
 「部活動を地域移行し持続可能な形で運営していくには、一定の収益を上げる仕組みをつくっておく必要があります。収益があることによって、当面の部活動の会費に充当するとともに、将来部活動として続けてくれる人数も増やすための活用ができる。幸いなことに、こちらのスクールは小学生の子どもたちにとって良い指導員に教われるというメリットだけでなく、学校に隣接した放課後児童クラブを活用する保護者にとっても『習い事の送迎の手間が省ける』メリットがあると好評です。」(小山氏)

(3)業務のデジタル化・ICTツールの活用
 みどりのSCCの利用料金の支払い方法はクレジットカード決済のみに限られています。こうすることで、これまでの集金業務や集金に伴う関係者間の連絡業務などの事務作業が格段に効率化されます。さらに、クレジットカード決済企業がスポンサーになってくれたため、参加費用が払えない家庭の費用のサポートを行うことで子どもの参加支援にもつながっています。
 また、みどりの学園はICT化を積極的に推進しており、みどりの学園とエンボス企画の情報共有にはSlackというオンラインコミュニケーションツールを違和感なく活用しています。特に現在のような移行期間には、部活動の顧問の先生方とみどりのSCCとの連携が不可欠ですが、緊密な連携が実現できているそうです。「みどりの学園の教職員の方とは基本はSlackで連携します。ですが、何かがあった場合にはすぐに駆けつけ、顔を合わせて話し合えるという距離の近さが安心材料の1つになっています。」(小山氏)

(4)部活指導を希望する教員が継続できる仕組みづくり
 部活動の地域移行を進める一方、同校の中村めぐみ教頭は、「教育理念の1つが部活動という教員もいる。」と言います。「部活動は、授業以外での子どもの表情を見ることができる貴重な場。これまで教師が児童・生徒理解をするうえで非常に大きな役割を占めてきたため、部活動の指導を継続したい場合にはそれを可能にしておきたい。」(中村教頭)との意向から、希望する教員はつくば市の教育委員会に兼業申請を行い、本業に支障のない範囲でエンボス企画と契約し、みどりのSCCの中で他の指導員と同等の待遇で指導が続けられる仕組みになっています。

1年間で教員の負担軽減に大きな効果

 こうして2022年度からスタートした「未来のブカツ」実証事業では、部活動の地域移行によって、本来の目的であった教員の負担軽減に大きな成果をあげました。
 「私もゴールデンウィークさえ休めない時代の人間で、部活の顧問になると、週末や休日含めてほぼ休み無しでした。今年度は移行期なので、みどりのSCCにお任せしたのは平日の2日間と土日祝日ですが、教員の部活動指導が平日の3日間になっただけでもかなり楽になりました。加えて、土日祝日には大会の生徒引率が多いのですが、今はそれもみどりのSCCが引き受けてくれているので、確実に負担は軽減されています。」と中村教頭は笑みを浮かべます。さらに、指導の内容についても、専門の指導員によるサポートに助けられていると言います。
 「部活動では教員が専門外の種目を教えなければいけないこともありますが、指導員の方々がプロフェッショナルの立場から練習のメニューを提案してくれるほか、スキル指導をしてくださり、とても助かっています。」(中村教頭)
 エンボス企画の小山氏は、「みどりの学園では、先生方も保護者も協力的に我々の提案を受け入れてくれた。」と語ります。こうした学校と事業者の連携と保護者の深い理解が成功を生んだと言えるでしょう。
 今後も、子どもたち一人ひとりが自身の能力を十分に伸ばし、部活動に取り組む意欲を維持・向上させていく体制や、よりよい文化・スポーツ環境の構築への期待が高まっていることから、来年度は「部活動」としての活動を完全に「みどりのSCC」に移行し、地域クラブ「みどりのSCC」としての活動を目指しています。
 「部活動の地域移行によって、学校分離後の部活動における場所や部員数、指導時間の確保といった複数の課題を解決し、分離に不安を抱く子どもたちに、新しい学校に行っても今の部活動が続けられるようにする。一部の部活動だけでなく全てを地域に移行し、放課後の部活動全体を地域のスポーツ&カルチャークラブとして、エンボス企画に一任するという流れを作りたい。」と、谷池校長先生は意気込みます。

教員が選択と集中で一人ひとりに伴走する学びの実現を

 新たな学習指導要領の下、探究学習が本格的に始まるなど、教員が抱える業務が目に見えて増えている中で、いかに業務の選択と集中を進めていくかはどの学校にとっても大きな課題でしょう。
 谷池校長は、「教員に求められる資質や能力も変容し、様々な新しいものを取り入れなければいけない今、やるべきことを絞って進めていくのが学校経営だ。」と強調します。
 「新たに始まった探究活動では、これまでの一斉授業のスタイルではなく、生徒一人ひとりの興味・関心に伴走するような姿勢が求められるでしょう。教員がそういった教育に集中できるよう、任せられるところはどんどん外部にお任せしていくというスタンスが重要だと考えています。」(谷池校長)
 また、これまで部活動が担っていた教師の児童・生徒理解という役割も変わっていくかもしれません。「働き方改革の流れもあり、今後は『放課後』ではなく、探究を中心とした『授業の中』で、教員が生徒に寄り添うスタイルでの学びを通じて、生徒一人ひとりの情報源をスイッチしていくことも大事になってくるでしょう。」(中村教頭)
 子どもたちが探究学習を深めていくには、教員が今抱えている様々な業務に対しての選択と集中が一層求められることになります。部活動の地域移行は、こうした教員にとって新たな時間の捻出という点で、探究学習を深めていくことと表裏一体であるとも言えそうです。

 みどりの学園における部活動の地域移行のきっかけは地域の人口増による学校の分離でした。一方、日本全体で見ると、急速に進む少子化の下、学校の統廃合の増加が見込まれ、その際、部活動はどうするのかが問題となるでしょう。そんな未来を先取るうえでも、同校での部活動の完全地域移行は、つくば市だけではなく、日本各地の自治体にとってのプロトタイプであり、パイオニア的な事業として、注目を集めていくことでしょう。

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※この記事は、令和5年度「学びと社会の連携促進事業「未来の教室」(学びの場)創出事業」で作成した、「未来の教室」通信を全文転載しているものです。
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