リシードは2021年8月2日、文部科学省大臣官房文部科学戦略官・総合教育政策局教育DX推進室長の桐生崇氏および、先導的な教育ICT環境構築・支援に取り組む情報通信総合研究所 特別研究員の平井聡一郎氏を招いたウェビナー「教育DXが目指す先と推進のカギ」を開催した。教育現場のDX推進について、その目的や必要性、推進におけるヒントなどについて講演と対談が行われた。
アーカイブ動画3段階で進むDXにて学習を個別最適化、新価値創出
桐生氏は「教育DXと教育データ利活用の現状と今後」と題して講演。教育DXの目的や現在における国の考え方と、今後大きな価値が出ると期待される教育データについての国の検討状況について説明した。
桐生氏によると、文部科学省ではこの4月から教育DX室を設け、これまではおもに小・中学校で進めてきた教育DXを今後、高等教育や社会人教育にも広げていくとし、全体的なDXの発展と方向性について、次の3段階を示した。それが「1.デジタイゼーション」「2.デジタライゼーション」「3.デジタルトランスフォーメーション」の3段階である。
「1.デジタイゼーション」は、紙などのアナログをデジタル化して効率化するもので、ICT化・デジタル化がここにあたる。GIGAスクール構想の1人1台端末やデジタル教科書の導入なども含まれ、現在はこの段階の学校が多く、教育行政でも同様のDX化が進められているとした。
「2.デジタライゼーション」は、デジタル化が進んだ前提で、生み出されたデータを元にさまざまな業務が組み合わされて指導・教育行政を最適化するもの。
「3.デジタルトランスフォーメーション」は、個別データを保存したうえで個別学習や、生涯にわたる学習を最適化したり、医療・福祉など他分野のデータと相互連携したりするなど、データ連動により学習モデルの構造が変革し、新たな価値が創出されるものとした。
そして、この全3段階を進めることにより、これまで取ることができなかった記録や情報といった知見を相互に共有・活用しやすい形に統合・交換できるようになり、さらにビッグデータの形で多くの人の知見を共有・活用できるようになるという。
そのうえで、教育DXによって変わることとして、「定期テストなどの部分的な把握から対話の学びなど相互作用等も把握できる動的・全体的な把握へ」「標準的なモデルを設定したアプローチから、データを活用した個別最適なアプローチへ」「問題行動が起きたときの後手対応から、データから兆候を得て問題行動の未然防止へ」「1人の人の経験・勘による属人知から、データを集めて組み合わせた集合知の活用へ」を示し、学習面で集合知の活用を進めていくと語った。
※ DX(デジタルトランスフォーメーション):ICTの浸透によって人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる変革。企業においては、データとデジタル技術を活用して、社会のニーズを基に製品やサービス、ビジネスモデルなどを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、文化・風土を変革すること(経済産業省「DX推進ガイドライン Ver. 1.0」より)。教育データを集め、知見を活用できる仕組みを整備
一方、DXの必要性の背景については、昨今提唱されている現代社会の概念として「VUCA World」を紹介。これは今の世界が変動性・不確実性が大きく、複雑で曖昧な未来であるとした考え方で、それに対する日本社会の方向性として、情報をフル活用して社会を革新させていくSociety 5.0を示し、正解はわからないものの変化が確実な世界に対してDXでお互いの集合知を活用して協働して問題に取り組み、立ち向かっていくことが求められると語った。
そうした背景から、現在文部科学省が取り組んでいるDX施策として、GIGAスクール構想の実現ロードマップや教育データの利活用を紹介。前者は1人1台端末が実現した今、その活用方法として優良事例などを発信・共有するシステム「StuDX Style(スタディーエックス スタイル)」の展開を進めているなどと語った。後者については、教育データを行政系・校務系・学習系の3種類に分け、利活用の仕方についても学校などで公教育データを分析・活用する一次利用、研究機関などで全国のデータをまとめてトレンド・ノウハウなどを集約する二次利用、個人で教育データを利活用する二次利用の3種類を想定していると説明。現在はこれらのデータを利活用できる仕組みの整備を順次進めているが、十分整っていないため、9月から発足する各分野共通のDXを担当するデジタル庁と連携して、言葉の定義の統一など教育データの標準化を進めていくとした。
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さらに、文部科学省が開発を進めている学びの保障オンライン学習システム「MEXCBT(メクビット)」を紹介。これは子供たちがオンライン上でどこでも学習できるプラットフォームで、高卒認定試験や全国学力調査など、国や地方自治体などが作成した問題を掲載。学習eポータルとして各学習ツールをつなぐエコシステム構想を掲げており、これらが整っていくとデジタル学習の基盤システムとなるとした。MEXCBTは、昨年度は全国3万人規模で試行し、朝学習やテストなどで活用されており、今年度は希望する小中高校で活用できるように秋から募集を開始するという。
まず・とにかく・いつでも・どこでも・自由にICTを使う
一方、平井氏は「学校DXの実現は授業以外のICT活用から始まる」と題し、桐生氏が示したDXの方向性を踏まえ、それを学校として普段の教育活動にどう落とし込んでいくのかを説明した。
平井氏は現状について、GIGAスクール構想で端末が整備され、新学習指導要領の学びを実現するために必要なICT機器環境が整った「ポストGIGA」にあたるとし、ICT機器整備からICT活用のフェーズへ入ったと述べた。そのうえで、先に示された教育DXと現場の活用を重ねていった場合、重要になるのが教育データのデジタル化であるとし、また、学校におけるICT活用の「脱3級」を示した。これは学校におけるICT活用の進度を級位で示したもので、授業の中で、ICTをまずは使ってみる段階を4級としている。そのうえで、アナログなものがデジタルに置き換わりつつも授業は従来型である3級の段階から、ICTを活用して、新学習指導要領が目指す主体的・対話的な深い学びを行う2級、学校全体のDX化を行う1級へと進めていくことを目標とすものである。そして、まずは3級からクラウドを使ってデータ共有や協働作業を行う2級へと学校の学びを変えていくことで、学校全体のデジタル化を普及させる学校DXの必要性を示した。
ただ、これには困難もあるという。校内にはICTを使いたいけれど迷っている人や、従来の学びにしがみついている人も少なからずいることから、どうすればみんなで使えるようになるのか検討が必要になる。そこで、学校でやるべきこととして、ICT機器を「まず使う、とにかく使う、いつでも使う、どこでも使う、自由に使う」の5つの視点を提案した。
「まず使う・とにかく使う」では、ICT活用のハードルを思いっきり下げ、先生がICTを子供たちとともに使いながら学び、時には子供たちから学ぶことを示した。「いつでも使う」では授業以外の活用が肝になると語り、教科で学んだ内容を特別活動で応用する、係・委員会のやり取りをオンラインでする、学級会にてWebで生徒に意見をアウトプットさせる、生徒会で電子投票を行う、学校行事のオンライン配信、部活動の連絡システム、校務の情報化など幅広く例示した。「どこでも使う」では、端末の持ち帰りはデフォルトであり、それを踏まえて家庭と学校の学びを組み合わせた立体的な授業デザインが重要になると指摘。授業動画を家で視聴して学校では対話・探求を行うなど、学ぶ内容に応じた学び方・学ぶ場所の多様化ができるようになると語った。そして、「自由に使う」では、脱ルールの重要性を強調。ルールで縛ることは子供たちから思考の機会を奪うことであり、科学的根拠や仕組みにもとづいて、自分で考えて判断して行動するこのデジタルシチズンシップの考え方が今後重要になると述べた。
教育DXから社会と関わり探求する学びDXへ
そのうえで、平井氏は教育DXの次のステップとして「学びDX」を示し、デジタル化により時間・物理的な問題が解決したことでアウトプットのある学び、目的のある学びができるようになると展望。アウトプットの目的は解決すべき社会課題を探求する学びであり、これによりアクティブ・ラーニング視点の授業改革が進んで、学習者が地域や社会とつながるリアルな学びになっていくと述べた。社会・地域とのリンクにはデータをクラウドで共有することや、外部と関わる力が重要になる。こうした学習を進めていくには、総合的な学習の時間・教科授業に行事など特別活動を関連付けて、新しい学びのスタイルを作り上げていく時期に入っていると結論付けた。
DX目標が示された全国学力調査のCBT化
講演に続き、両者による教育DXに関する対談および質疑応答が行われた。
DXの進め方におけるデジタル庁と各省庁の連携については、「基本的にはデジタル化の仕組みとシステム、データの標準化を含めた各分野共通部分の定義はデジタル庁で行い、それぞれの分野は、データを相互に流通させるためにはどうすれば良いのかを各省庁で定義し始めている段階。文部科学省は教育データの標準化を進めている。知見を相互に活用できるようになるまでには時間がかかるが、学習指導要領コードの公表など少しずつ進んでいる。かなり壮大な計画だがDXがすべて実現すると非常に便利なシステムになる。PDS等の仕組みが整うと学習データを自分で管理でき、いつでも活用できるようになる」と桐生氏。
また、平井氏は2025年から中学校を皮切りに全国学力調査がCBT(Computer Based Testing。コンピュータによる試験形式)になることをあげ、「CBT化した調査には記述も入っているので、それまでにはタイピングも含めたレベルまで学校が教育DXを進めなければいけないという道しるべができた」と指摘。これを受けた桐生氏は「そのとおりで、全国学力調査の仕組みはMEXCBTをベースに検討している。また、MEXCBTは秋からは希望する全国の学校で活用できるようになるので、どういったものか、先生方や児童生徒にぜひ体感してほしい」と述べた。
事例PRによる管理職の納得がDX推進の鍵
さらに話は教育DXの普及や理解拡大に広がり、「教育でICTを活用するのが当たり前になっていくという共通理解を広げないといけない。DXが進んだ学校では子供たちが自由に、楽しそうに学んでいる。ワクワクしながら主体的に学んでいることをもっと知ってもらうのが大事。それらを国も我々も発信して、アピールしていく必要がある」と平井氏。
「生徒会の電子投票は面白い事例で、国や自治体ほど大きい単位ではいきなり制度改革も難しいが、学校単位の社会活動でDXを試行錯誤するのは非常に良いモデルになるのではないか。答えが見えない時代でも小さい範囲でやってみて、改良していくという希望がもてる具体例は重要で、先生や生徒を駆り立てる起爆剤になる」と桐生氏は語った。
そうした際に、学校のDXを推進・決定する「キーマンになるのは管理職」と平井氏は指摘。学校管理職のマインドセットについては、桐生氏は「国としてはMEXCBT、全国学力調査など、さまざまなところでDXに伴いルールチェンジをしており、DX化していくことを促していく。また、中央研修の形で各県の指導主事の研修などを進めているが、本当に得心してもらうには実際にICTを活用する子供の姿を見てもらうなど、違うアプローチの工夫も必要になる」と語った。平井氏は「イメージがもてない人にどう伝えていくか。我々には、キーマンである校長先生や教育長に伝える努力が必要で、動画や紙媒体、授業視察、Webサイト、メディア活用など、やれることはなんでもやらないといけない。一方で、ICT活用はやってみないとわからない部分が大きいので、まずは取りかかるハードルを下げてやれるところからやってみる。うまくいったら進めて、失敗したらやめるくらいの気持ちで良い。ただ、機器の環境だけはきちんと使える環境を整えて、使うほうは小さく始めて大きく育てる方針が良い」と語った。
GIGAによる変革が新しい日本創造のチャンスに
最後に、現場の先生方へのメッセージとして、桐生氏は「VUCA Worldは分野・地域問わず共通の課題。正解がない問題を解いていく社会ではわからないことが往々にしてあるが、小さい範囲で試行錯誤して、DX的な方法で知見を活用してみる手法しかないと思うので、ぜひ一緒に取り組んでいってほしい。試行錯誤しながら面白い取組みが出てくることで、世界に先行して日本が教育現場から変わっていくチャンスが発現するのでは」と期待を込めた。
平井氏は「GIGAスクール構想は日本が立ち直る最後のチャンスであると文科省をはじめ多くの省庁が認識しており、学校の先生方にもその危機感を感じてほしい。しかし、GIGAではただ立ち直るだけでなく、環境整備ができて教育内容が変わったときに、日本は世界の先頭に飛び出るくらいの大きなチャンスを得られる。新しい形の日本になる、大きな意味をもっている。しかし足元は地道にやっていくしかない。これをやれば良いという正解はなく、何をやれば良いのか自分の立場で考える時期にきている。我々はこれを支援するために、どういう風にやっていくのかといった切り口をたくさん発信していく。これからも一緒に取り組んでいきましょう」と力強く呼びかけた。