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次世代人材育成の鍵は「学校とコミュニティの連携」

 2020年12月5日、教育関係者を対象にレノボ・ジャパンが開催したオンラインシンポジウム「レノボが現役高校生と考えるSTEAM教育のこれから-校内・校外学習の融合を目指して-」をレポートする。

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上段左より石戸奈々子氏、デビット・ベネット氏、立崎乃衣さん、下段左より富山健氏、後藤聡氏
  • 上段左より石戸奈々子氏、デビット・ベネット氏、立崎乃衣さん、下段左より富山健氏、後藤聡氏
  • 「Lenovo Foundation」の活動
  • 幼少期から制作してきた数々のロボット
  • 国際ロボコンチーム「SAKURA Tempesta」(サクラ テンペスタ)
  • 「Face Shield Japan」による社会貢献活動
  • 幼少期から数多くのSTEAM教育に触れる機会があった
  • 実践的な「SAKURA Tempesta」での活動
  • 「Chairman's Award」を2年連続受賞
 2020年12月5日、教育関係者を対象にレノボ・ジャパンが開催したオンラインシンポジウム「レノボが現役高校生と考えるSTEAM教育のこれから-校内・校外学習の融合を目指して-」をレポートする。

すべての人に質の高い教育を



 当日は、パネリストとして渋谷教育学園幕張高等学校(以下、渋幕)1年 立崎乃衣(たつざきのい)さん、千葉工業大学未来ロボット技術研究センター 富山健(とみやまけん)氏、渋谷教育学園幕張高等学校教諭 後藤聡(ごとうあきら)氏、レノボ・ジャパン代表取締役社長 デビット・ベネット氏が登壇。NPO法人CANVAS代表/慶應義塾大学教授 石戸奈々子(いしどななこ)氏がモデレーターを務めた。

 はじめにレノボ・ジャパン代表取締役社長のデビッド・ベネット氏による基調講演。レノボは世界最大のパソコンメーカーで教育分野にも注力し、世界のK12(小・中・高)市場ではトップ。テクノロジーカンパニーとして世界のデジタル・デバイドの解消に取り組み、SDGsの「質の高い教育をみんなに」の実現に向けた活動が進められている。またSTEAM教育の支援を行う慈善団体「Lenovo Foundation」を設立。さまざまなSTEAM教育のイベントやNGOのサポートをはじめ、2025年までには500万人の子どもに対してSTEAM教育に触れる機会を作ることを目標に活動中だ。

 ベネット氏は「多様性のある人材が出てくるためには、すべての人に質の高い教育が必要です。そのことを誰よりも知っているのはレノボ。これが、レノボがSTEAM教育に力を入れている理由です」と話したのち、高校におけるICTの課題を指摘。GIGAスクール構想で小学校・中学校は整備が進むが、高校では進んでいない点に触れたのち、暗記ではなくさらに探求する力を身に付ける必要性を挙げ、最後に「入試におけるCBT(Computer Based Testing)の導入」に触れ、大学受験にもPCのスキルが必要であるとした

 今回のシンポジウムは、これらの課題解決に向けたディスカッションを通じて、学校とコミュニティがどう連携して次世代の人材を育成するのかがテーマである。

幼少期のさまざまな経験が原点



 ベネット氏の講演に続き、渋幕1年の立崎乃衣さんが登壇し、「教育環境による影響とSTEAM教育普及のための今後の社会の在り方」をテーマに講演した。

 まずはレノボの社是である「すべての子どもにテクノロジーを与えることは未来を選択する権利を与えることである」を紹介。立崎さん自身、幼いころに父親から家庭用電動ドライバーを贈られるなど、身の回りに工具がある環境で育った。小学3年生のころにロボットを作りはじめ、これまでに13台のロボットを制作。こうしたバックグラウンドがレノボの社是に共感した理由だという。

 立崎さんは、千葉工業大学津田沼キャンパスを拠点として活動する国際ロボコンチーム「SAKURA Tempesta(サクラ テンペスタ)」に中1から所属し、現在もロボットの設計と制作を続けハード面開発でのリーダーを務める。今年の4月には「Face Shield Japan」を立ち上げて、6月までに医療従事者に向けて800個以上のフェイスシールドを寄付。現在は、所属するロボコンチームが運営・制作を引き継ぎ、これまでに合計1,900個近くを届けている。

 立崎さんは、こうした活動ができた理由のひとつに、幼少期からのSTEAM教育の存在を挙げた。たとえば、毎週のように博物館へ行き、家でも実験やはんだごてを使った回路作り、虫や生き物の観察、植物の育成を行い、自然の中でもたくさん遊んだという。4歳のころには工作用紙に展開図を描いてさまざまな立体を作り、算数では空間認識や思考力の問題を遊びのような感覚で解いていたそうだ。絵本をたくさん読んでもらい、自分で文や詩を書き、小学3年生のときにはパソコンでプログラミングを開始するなど、ご両親には興味をもつことを何でも引き伸ばしてもらったという。

 SAKURA Tempestaでは、家庭や学校だけでは学べない、さまざまな経験をした。チームが発足した初年度から毎年、アメリカのNPOのFIRSTが主催する世界最大規模のロボコンFIRST Robotics Competition(通称FRC)に参加し、重さが50キロ以上にもなるロボットの設計・制作を行っている。

 FRCのプログラムでは、チームの活動に必要な物の調達も自分たちで行う必要がある。メンバー自らが活動に賛同してくれそうな企業にコンタクトを取り、自分たちの活動をプレゼンして支援をお願いし、これにより毎年、約300万円にも及ぶ資金を調達している。またFRCは社会で活躍する人材を育成することに重点を置き、特にSTEAM教育を誰でも受けることができるように活動することを推奨。その活動は大会の審査基準にもなっている。

 SAKURA Tempestaは「より多くの人々に対し、それぞれの家庭状況やどんな人であるかに関わらず、エンジニアリングを学ぶ機会を提供する」というチームミッションを掲げ、その実現に向けて中高生や子ども向けに毎年いくつものワークショップを開催。その活動は大会でも認められ、FRCで2年連続して最高権威といわれる「Chairman's Award」を受賞した。

 立崎さんは昨年、イベントの責任者を務め、夏休みに中高生約40名を対象にしたエンジニアリングの体験教室を運営。数か月前からスポンサーの企業側と何度も打ち合わせを重ねて作り上げた。こうした活動で得たノウハウが「Face Shield Japan」の立ち上げにつながったという。

 立崎さんは「日本においてSTEAM教育を普及させるには、幼児期からの環境こそ重要。家庭、学校教育、民間が連携を保ち、そのすべての人がSTEAM教育を受けることができるよう社会が整えていくことが急務なのではないでしょうか」と提言した。また「いろいろなものを見たり、考えたり、手を動かしたり、テクノロジーに触れたり、社会や世界と関わりをもったりする機会を(年長者が)提供することで、子どもたちはさまざまな分野に興味をもつことができる。その中から自分に一番合った分野を、将来の職業として選ぶことができれば、それはそれぞれの将来にも、そして社会にとってもプラスになってくると思います」と語った。

黒子に徹する必要性



 次は、立崎さんのメンター富山健氏による「STEAM教育による若年層の育成」。富山氏は、千葉工業大学の未来ロボット技術研究センター「fuRo」の研究員で、ロボット工学、特に介護者支援ロボット分野の権威として国内外の学生を長年指導。またSAKURA Tempestaの後見役としても活動中だ。

 まず富山氏自身の在米体験や富山氏のお子さんを通じての体験から、アメリカの教育事例を紹介。「子どもを一人前として扱うこと、『あなたならどうする』という問いかけが子どもを育てるうえでとても大切だと感じた」と富山氏はいう。またアメリカでの教育では、教員と一緒に具体的な人生目標を年度ごとに設定することや、教員の評価には研究活動だけでなく、教育活動や社会活動が入ってくることなども紹介された。

 一方、日本における活動については、千葉工業大学の研究室のオープンドアポリシー、いわゆる訪問の自由を進めたという富山氏。千葉工業大学ではこのほか、半年間の社会実装演習「SILab(サイラボ、Social Implementation Laboratory)」を行っており、学生が実際にビジネスを計画し、介護現場に訪問して、役に立つものを考案するところから始め、ビジネスプランにまで仕上げていく過程を指導しているという。

 そうした中、SAKURA Tempestaで立崎さんと出会ったという。このチームにおける富山氏の役割は、メールの書き方や数学、プレゼンの指導、ロボット構造についての助言などが中心だが、OB/OGの進学相談やアドバイス、FRCでの英語のエッセイ指導、催し物の会場提供や差し入れなどと多岐にわたる。富山氏は、SAKURA Tempestaのメンターとして意識しているポイントを「自分が出ないこと」とした。そのうえで遠慮なく話のできる雰囲気づくり、SAKURA Tempestaのメンバーひとりひとりが主役であることを徹底するほか、将来どうなりたいか、何をしたいかを頻繁に尋ね、きっかけがあれば自分の失敗談や成功談を話しているという。

 ここで石戸氏から立崎さんと富山氏両名に「アメリカと日本のSTEAM教育の違いをどう感じるか」と質問。

 立崎さんはアメリカで活動するFRCチームを見学した経験について話し、「廃校を利用した活動場所の広さや自由に使える大型の工作機械、設計やプログラミングに必要なパソコン、大型ロボットを運搬するためのトレーラーなど、物理面での環境の良さに驚いた」「設計・プログラミング・マネジメントそれぞれの分野ごとに部屋が分けられ、目的に応じて効率よく取り組める体制が整っているなど周囲の環境づくりの重要性を実感した」と明かした一方、富山氏は、「特に日本ではSTEAM教育を現場と一緒になって行う人間、いわゆる、『プロデューサー』が必要だ」と教育者としての観点を述べた。

自主的な学びを促す環境が大切



 続いて立崎さんの通う渋幕におけるSTEAM教育の取り組みを、同校教鞭をとる後藤聡教諭が紹介。自由にさまざまなことに挑戦できる校風のもと、教育目標のひとつである「自調自考」を重視してきたことに触れたのち、実際の取組み事例を紹介した。

 たとえば、物理・化学・生物・地学の4分野それぞれにおいて実験室を備えて法則性の確認や真の探求を行っているという理科教育のほか、オーケストラを招いてのコンサート開催、オーケストラをバックに生徒自らがソリストとして演奏する機会を用意するなど、本物の芸術に触れる機会も多く創出しているという。このほか国際教育では、第1外国語の英語をはじめ、中3からは希望制で第2外国語の講座も用意。欧米だけではなく、中国をはじめとしたアジア圏との交流も実施しているという。

 後藤先生は「いろいろな機会を生徒には与えていますが、つかむのは生徒自身」と学校でのさまざまな機会創出の重要性について話した。

人とのつながりが重要



 登壇者によるパネルディスカッションでは、最初に「学校内の取組み」が議題に。

 後藤氏によると、渋幕では「STEAM教育」と銘打った授業があるわけではなく、学校生活そのものにSTEAM教育の観点が組み込まれているという。渋幕では「ほとんどの生徒が多様な個性をもち、それぞれが自分の良さを伸ばしている。立崎さんはいろいろな刺激を受けて成長しているのだと思います」と、教育環境から生徒の成長が引き出されていることを示唆した。

 一方、子どもたちが社会に目を向けるための「学校外の役割」について富山氏は、「子ども自身が自分たちから社会に出ていくのはとても難しい。(大人の)我々がプロデューサーとなって子どもたちを社会に出していくことが必要。子どもたちは当然(大人からの指摘は)怖いものです。そこで『怒られてもいい、怒られるのは、あなたが言っていることに対して相手が真剣に考えてくれているから』ということを伝えるのが重要」と話し、現場との関係性を良好に保つために裏方の仕事ができるプロの必要性を強調した。

 立崎さんは、保護者や学校の先生、学校外のメンターからどのような影響を受けたかという質問に「人とのつながりがすごく大事。チームの活動で企業訪問に行って話をする機会がよくありますが、そこで話を深めると、ほかの人につなげてもらえることも。さまざまなことを吸収できるので、それぞれの人がもっているいろいろな『良さ』をどんどん学んでいけると思います」と自分の学習環境をプロデュースしているようすが見受けられた。

 「日本と海外の教育環境の違い」について議題が及ぶと、ベネット氏はPCリテラシーの違いを挙げ、海外では早くからパソコンを教育現場に導入しているのに対し、日本はやはり遅れていると語った。しかし「配ってからいろいろはじまります。生徒たちが先生たちに教える場合もあると思います」と、まずは環境を整備することであると指摘。そのうえで、「インフラやツールを整備すれば、本当に世界のトップレベルと競争できます。チャレンジする日本の若者が出てくれば、日本の将来は楽しみです」と今後に期待を寄せた。

校内外の融合が質の向上には重要



 視聴者からのQ&A。まずSTEAMの「A」のArt(アート)についての意味と意義を教えてほしいという質問で富山氏は「アートにはリベラルアーツという言葉を代表する面もあります。リベラルアーツの真髄とは、自分で考える、何かを聞いたときに本当かとクリティカルに考えるところにあります」と説明。

 海外に比べて日本のSTEAM教育で足りていないものは何かという質問にはベネット氏が「海外では自分で勉強して自分の意見を出しながら何かを作る、アイディアを考えることが多い、そういう学びが重要だと思います」と回答した。

 またSTEAM教育をより活発にするために学校で何を教えるのが良いかという質問には立崎さんが回答。ロボットを作る際に、中学・高校の数学や理科などで習う中から使えるものがたくさんあったといい、「実際に使うことができれば習って良かったという気持ちが生まれ、もっと知りたいという気持ちが生まれます。自ら学びたいと思えるような場が学校にはあってよいと思います」と、学校で学んだ知識が実践に結びつく大事さを話した。

 SDGsで掲げられている「教育の質」についての質問に対して後藤氏は「学校単位でというよりも、社会全体の教育の質が向上していったほうが良いのではないか。そのきっかけを自分たちが作れればと思います」と回答。富山氏は「学校だけではなく、社会との協力が必要。プロデューサーがいれば多くの生徒たちに機会を与えられるのではないでしょうか。学校全体がSAKURA Tempestaのようになるといいと思います」と学校内外の協力が、教育の質の向上につながることを示唆した。

 今後について立崎さんは、機械工学の分野を専攻したいという。この分野に占める女性の割合は全体のわずか5%であり、女性の進出が進むことで相互作用が生まれ、より良いものが生み出されるのではないかと話した。また「これから先、どこで何を勉強して、どういう人と出会っていくかによって、将来、本当に目的としたいものが何かは変わってくるのではないかと思っています。今はどんな夢にでも対応できるようにすべてのスキルを向上させていきたいです」と続けた。

 パネルディスカッションの最後にベネット氏から、「課題を解決する力、発信する力、議論する力、そして多様な人と協力する力が世界に通用する人材には必要であり、それらを用意するのは、大人の責任である」との提言があった。そして、学校とコミュニティが協力することが次世代の人材育成には欠かせないとし、レノボも力になっていきたいと締めくくった。

 石戸氏は、これからは総合力を育むようなプロジェクト型、探究型の学習が重要となり、STEAM教育が果たす役割も大きくなるとし、「今日得たことを現場で何らかでも生かしていただけたらと思います」と視聴者に呼びかけてシンポジウムは幕をおろした。

 立崎さんのしっかりとした応対はとても心強く、同時に子どもたちの好奇心を喚起し続けるさまざまな機会を提供する大切さを感じた。これからもSTEAM教育やICT教育を通じて、子どもたちの可能性がさらに拓けることを期待したい。
《佐久間武》

佐久間武

早稲田大学教育学部卒。金融・公共マーケティングやEdTech、電子書籍のプロデュースなどを経て、2016年より「ReseMom」で教育ライターとして取材、執筆。中学から大学までの学習相談をはじめ社会人向け教育研修等の教育関連企画のコンサルやコーディネーターとしても活動中。

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