教育に関わるすべての人の視点や問いを広く取りあげ、これからの学びをともに考えていく。リシードでは、寄稿連載を通じて、教育実践や研究に根ざした知見を紹介する。
「教師への扉」は、中学校・高等学校での教員経験を経て、現在は大学で教員養成に携わる渡辺朗生(ときなり)先生による寄稿。現場と研究を往還する視点から、実践に根ざした示唆と理論的な裏付けをあわせて提示していく。
今回のテーマは、「教員採用試験における『多様な人材確保』の時代」。
大学教員として教員養成に携わっていると、教員を目指すのは大学の教職課程で学ぶ学生だけではないことを改めて感じます。民間企業で働いたあとに教職への転職を考える人や、学校で講師として経験を積んできた人、専門的な資格や技能を生かして学校教育に関わりたい人など、教職を目指す人の経歴は多様になっています。近年の教員採用試験でも、こうした人材を学校現場に迎え入れるため、社会人経験者を対象とした特別選考や、特定の資格・経験を評価する選考などが広がっています。
「教職課程を修了した新卒者」だけではない時代へ
これまでの教員になるための代表的な経路は、大学等の教職課程で教員免許状を取得し、卒業時に教員採用試験を受験するというものでした。この経路が現在も教員養成の中心であることに変わりはありません。しかし、学校が直面する課題が複雑化する中で、さまざまな専門性や社会経験をもつ人材を学校組織に取り込む必要性も高まっています。
たとえば、ICTや情報教育、外国語教育、特別支援教育、職業教育など、学校外で培われた専門的な知識や経験を生かせる場面が少なくありません。また、民間企業での組織運営や人材育成、顧客対応などの経験が、保護者や地域との連携、学校組織の中での協働に生かされることも考えられます。
文部科学省も、教師の確保に向け、採用選考の工夫や改善とともに社会人等が教職へ入職しやすくする取組みを進めています。教員採用は「教員になるための一本道」から、多様な経験をもつ人がそれぞれの経路から教職を目指す仕組みへと変化し始めています。
広がる社会人経験者等への特別選考
こうした変化が端的に表れているのが、特別選考の拡大です。文部科学省によれば、2025年度採用選考では、68自治体のうち60自治体が民間企業等での勤務経験を加味した特別選考を実施しています。また、教職経験についてはすべての自治体で特別選考が行われています。
その内容は自治体によって異なりますが、一定年数以上の民間企業等での勤務経験を受験資格としたり、一般選考の一部を免除したり、専門的な資格や実績を評価したりする方法があります。たとえば、東京都では一定の社会人経験を有する者を対象とした選考が設けられています。また、埼玉県では民間企業等で一定期間勤務した者を対象としたセカンドキャリアに関する取組みも行われています。

さらに、特別選考で評価される経験は民間企業での勤務に限りません。2025年度採用選考では、英語の資格等を加味する選考が63自治体、スポーツの技術や実績を加味する選考が40自治体、国際貢献活動経験等を加味する選考が40自治体で行われています。大学・大学院からの推薦、教職大学院修了、博士号取得、臨床心理士・公認心理師等の専門資格などを対象とする選考もみられます。つまり、「何を学んできたか」だけではなく、「これまで何を経験し、どのような専門性を身に付けてきたか」を評価する選考が広がっているのです。
教員免許状をもたない人にも広がる教職への入口
さらに注目されるのが、「特別免許状」の活用です。特別免許状は、いわゆる普通免許状をもっていないものの、優れた知識経験や技能を有する社会人等を学校教育に迎え入れるため、都道府県教育委員会が教育職員検定を行い、学校種・教科ごとに授与する免許状です。
制度自体は1988年に創設されたものですが、近年その活用が進んでいます。特別免許状の授与件数は、2022年度の500件、2023年度の611件に続き、2024年度は591件となっており、制度創設から2024年度までの累計は3,976件となっています。
実際の活用分野も多様です。英語ではALTや英会話講師、情報ではシステムエンジニアやプログラマー、理科では研究者、看護では看護師や助産師など、それぞれの専門分野で実務経験をもつ人材が想定されています。家庭科についても、調理師や管理栄養士などの専門性を生かした事例があります。
ただし、特別免許状は、通常の資格試験のように本人が取得してから就職活動を行うものとは仕組みが異なります。任用しようとする教育委員会や学校法人等からの推薦を受け、都道府県教育委員会による教育職員検定を経て授与されます。そのため、教員免許状をもたない社会人が教職を検討する場合には、志望自治体がどの校種・教科で特別免許状を活用した採用を行っているかを確認することが重要です。
多様な人材が学校に入ることの意義
多様な経歴をもつ人材が学校に加わる意義は、単に教員数を確保することだけではありません。異なる職業経験や専門性をもつ教員が加わることで、学校そのものが多様な視点をもつ組織になることが期待されます。

たとえば、企業で商品開発に携わった経験、ICT分野での実務経験、福祉・医療分野で人を支援した経験、海外で働いた経験などは、教科指導だけでなく、キャリア教育や探究学習、地域・企業との連携などにも生かすことができます。児童生徒にとっても、異なるキャリアを経験した教師と出会うことは、将来の職業や生き方を考える契機になるといえます。
一方で、専門分野に詳しいことと、教師として子供に教えることは同じではありません。高度な専門性や豊富な社会人経験をもっていても、発達段階に応じた指導、学級経営、生徒指導、特別な支援を必要とする子供への対応など、学校教育特有の知識や技能を身に付ける必要があります。
したがって、多様な人材を採用することと、採用後の育成・支援は一体として考えなければなりません。社会人経験者等がこれまでの強みを生かしながら、学校文化や教育について学べる研修や支援体制を整えることが重要になります。
「多様化」はどこまで進んでいるのか
制度上の入口は確実に広がっていますが、実際の採用状況を見ると今後の課題もみえてきます。2025年度採用選考における採用者3万7,375人のうち、民間企業等勤務経験者は1,587人で、全体の4.2%でした。特別選考を実施する自治体が増えている一方で、民間企業等から教職へ入る人は、まだ採用者全体の一部にとどまっています。
社会人が教職へ転職する際には、給与や勤務条件、教員免許状取得の負担、これまでのキャリアとの接続など、さまざまな課題があります。また、制度が自治体ごとに異なり、「自分の経験でどの選考を受験できるのか」がわかりにくい場合もあります。
今後、多様な人材確保をさらに進めるためには、特別選考の枠を増やすだけでなく、教職への転職を検討している人に制度をわかりやすく伝え、入職前から入職後まで支援する仕組みが必要です。「受験できる制度」から「実際に教職へ踏み出せる制度」へ発展させていくことが求められています。
受験者は自身の「経験」をどう生かすか
社会人経験者や専門的な資格をもつ受験者にとって重要なのは、経歴そのものをアピールすることではありません。「その経験を教師としてどのように生かすのか」を具体的に説明できることが大切です。
たとえば、企業でチームをまとめた経験があれば、単に「リーダー経験があります」とするのではなく、意見の異なる人とどのように調整したのか、その経験を学校での同僚との協働にどう生かせるのかまで整理します。接客経験であれば、相手の話を聴きながら対応した経験を、児童生徒や保護者との関係づくりに結び付けることができます。専門資格をもつ場合も、専門知識の高さだけではなく、それを児童生徒の学びにどう還元するのかという視点が必要です。
同時に、自分に不足している部分を理解しておくことも大切です。学校現場には独自の制度や文化があり、児童生徒理解や授業づくりなど、新たに学ぶべきことも多くあります。「社会人経験があるから即戦力になれる」と考えるのではなく、これまでの経験を生かしながらも教師として新たに学び続ける姿勢が求められます。
教員採用試験における多様な人材確保は、単に受験者の裾野を広げるためのものではありません。異なる経験や専門性をもった人々が学校に加わることで、これからの学校教育そのものをより豊かなものにしていく可能性があります。従来の経歴にとらわれず、「自分のこれまでの経験を教育にどう生かせるか」という視点から教職を選択できる時代が、少しずつ広がっているといえます。









