2025年12月3日、大学ICT推進協議会(AXIES)年次大会2025にて、駒澤大学総合情報センターの武田享也氏が登壇した。武田氏は、多くの組織が直面する「使われないAI」という課題を克服し、Gemini Education(Google AI Pro)導入から約1年弱で事務職員のアクティブユーザー率83.3%を達成した取組みについて発表した。講演では、平均時間削減率65.5%を実現した具体的な施策が紹介された。
駒澤大学は東京都世田谷区にキャンパスを構える、7学部17学科からなる文系中心の総合大学。学生数は約1万5,000人、教職員数は約550人(常勤嘱託含む)にのぼる。同大学は、職員1人当たりの学生数を示すSS比率が、同規模大学の平均(約50~60人)を大きく上回る約70人以上となっている。この人員不足により職員の業務負担が大きく、本来割くべき業務や新規事業に十分な時間を確保できないという現状があった。そこで、業務効率化による業務工数の削減をPoC(概念実証)のおもな目的として、生成AIの導入が検討された。
「使われないAI」からの脱却
AIを導入したものの現場で使われないという課題について、武田氏は、職員がAIを使ってくれない理由として、おもに3つの心理状態をあげた。
1つ目は「AIが万能すぎて、逆に何に使えるかわからない」という状態である。AIには特定の使い方が決まっていないため「自由度が高すぎ、逆に活用イメージが湧かない人もいる」と武田氏。また、AIを使うには自分の業務を整理し、言語化していく必要があり、これも壁となっている。
2つ目は「AIがなくても業務が成り立っているので、わざわざ使う必要がない」という状態である。現状の業務フローで課題を特に感じていない職員にとっては、新しいツールを習得する必要性を感じていないため、AIを導入しても響かない。
3つ目は「効率化できるらしいけど面倒くさい」という状態である。新しいことを覚える心理的なハードルが、効率化のメリットを上回ってしまっているのだ。
この「面倒くさい、わからない、必要ない」という心理状態をどう変えるかが、「使われないAIからの脱却の鍵だ」と武田氏は指摘した。そこで、同大学はAI推進において、次の3点を徹底した。まずは、大学全体の課題を共有し、「なぜAIを使わなければならないのか」に共感してもらうこと。この共感の醸成がもっとも重要だったという。次に、ITが苦手な職員でも「頑張らず」に活用できる環境を提供すること。そして、AIを業務に適用した成功体験を、利用者同士で共有しあうこと。成功体験の蓄積が、AIを使うことへの心理的なハードルを下げると考えたのだ。
AI推進プロジェクト「K-AI」発足
駒澤大学は、2023年4月から1年半にわたり生成AIの検証やPoCに精力的に取り組んできた。その中で、2024年1月には、ギブリーと教育機関特化のプロンプト開発プロジェクトを実施し、業務を細かなタスクに分解して大学の事務業務に合ったプロンプトを作り上げた。この取組みは、AI活用に必要なタスク分解の重要性やプロンプトの書き方といったナレッジを同大学がもつ良い機会となった。また、同時期にはGoogle CloudのVertex AIを利用し、Geminiが回答を作成するチャットボットのプロトタイプも開発した。
こうした検証を経て、駒澤大学は2024年9月にAI推進プロジェクト「K-AI(駒澤AI)」を発足した。このプロジェクトの目的は、業務フローにAIを組み込み、AIが業務をアシストすることが「当たり前」になる環境を作ることで、個人レベルでのAI定着を図ることだった。AI活用には業務への深い理解が必要であるため、IT職員だけでなく、教務部、入試センター、キャリアセンター、人事部など、さまざまな部署から職員がメンバーとして参加する部門横断的な実行体制を組んでいる。
AIサービスとして選定したのは、Googleの教育機関向けアシスタント「Gemini Education」(現在の名称:Google AI Pro for Education)である。駒澤大学は以前より、業務にGoogle Workspace for Educationを利用しており、その環境内でシームレスなAI活用を実現できるGeminiであれば、普段の業務に「自然と」AIが入り込み、意識せずに使える環境、つまり業務との高い親和性をもつ環境が作れると判断したためだ。2025年4月に事務職員を対象として導入に至っている。
導入から約8か月弱で平均時間削減率65.5%達成
Gemini Education導入から約8か月弱が経過した2025年11月13日取得の過去28日間の利用ログによると、月間アクティブユーザー率は83.3%に達しているという。平均利用日数は9.05日で、月の勤務日数が約21日であることから、2日に1回はAIを使っている計算になる。また、2025年4月からの利用日数の変位は155.5%と、利用が順調に増えている状況だ。
役職別に見ると、一般職員(9.5日)、係長(9.8日)、課長(9.1日)で平均利用日数に大きな差はない。しかし、「部長職は5.2日と利用頻度の二極化が顕著に見られており、今後の課題」と武田氏は言う。また、全職員230ライセンス中、約30名が導入後ほとんど使っていない層として存在し、この層はセミナー参加やWebコンテンツの閲覧もない状況だった。
そこで、「このほとんど使っていない層に対して、契約業務をサポートするAIエージェントを作るなど、使わざるを得ない状況や『使ったら便利だった』という成功体験を意図的に作る仕掛けを準備している」(武田氏)。
導入効果について、アンケート結果(対象者230人、回答数96件)からは、平均時間削減率65.5%という高い数値が得られた。ユーザーがもっとも時間削減効果を実感したタスクは、文書作成、メール対応、議事録作成といったテキスト処理の得意分野であった。なお、利用者からは「0から作成しなくてはいけないところが、6からスタートすることができている感覚」「いちいち調べ物をしてつなぎあわせていたものが、ひとつのフィールドで仕上がっていく」といった「リアルな声」が寄せられているという。
「アウトプットの質向上を実感した」という回答も80.5%にのぼった。質向上を実感するタスクには、ミス削減・校正・精度、表現・言い回し・文章力、アイデア・新しい視点の獲得などがあげられている。こうした質向上について、職員からは「思いもよらない表現で的確に言い表してくれたり、より読みやすい表現になった」「第三者のチェックの手間が減り、誤解や不適切な表現も少なくなった」「説明内容の質とスピードが向上した」といった声があり、AIが単なる時短ツールではなく、職員の能力を拡張するパートナーとして認識され始めている。総合的な満足度は85.6%と高かったが、その一方で、ハルシネーションへの懸念や、「AIがなくてもなんとかなるので使うに至らない」といったネガティブな意見も根強く残っている。
AI定着のための具体的な仕掛けとは
「使われるAI」を実現するために、同大学は「『きっかけ』と『自走支援』の仕組みに注力した」と武田氏は言う。きっかけ作りとして、実際に活用している職員が登壇する「トップランナーセミナー」(月1回程度)や、Geminiのアップデート情報などを紹介するメルマガ配信(週1回)を実施している。メルマガは、職員がAIについて自らキャッチアップすることがないという前提に立ち、プッシュ型の情報提供手段として活用された。自走支援としては、マニュアルやセミナー動画などを集約した活用推進サイトをGoogleサイトで作成し、初歩的な使い方に関する問合せをほぼゼロにした。さらに、職員ユーザーがプロンプトや成功事例を投稿できるユースケース・プロンプト共有サイトをAppSheetで作成し、現場ならではのノウハウの蓄積を促している。
一方で、「失敗した施策もあった」と武田氏は打ち明けた。Googleフォームで設置したWeb相談窓口には、「何がわからないか、わからない」という職員の心理状態からか、1件も相談がなかったため、プッシュ型施策に切り替えた。また、部門単位で実施したセミナーは業務の片手間になりがちで参加者が少なく、集中できる環境での対面実施が有効だと学んだという。
トップランナーセミナーで紹介された具体的な活用事例としては、総合職である大学職員が異動直後の知識不足を「Gemini Deep Research」でカバーする事例があった。職員はAIを単なるツールではなく「パートナー」と位置付け、AIのサポートにより、職員ひとりの戦力が実質的に倍になる効果を見込んでいる。Web制作の経験がない職員が、国際交流イベントの集客ツールとして、素人感のない高品質なWebページをGeminiと制作し、内製化に成功した事例、長年の引き継ぎにより複雑化・属人化された業務フローをGeminiと「壁打ち」しながら改善した事例などが紹介された。
武田氏が特に工数削減の恩恵を受けたというのが、「議事録作成の自動化レシピ」である。同大学では、理事会や委員会の議事録作成において、「逐語録」でありながら「可読性の高い」文書が求められ、1時間以上にわたる会議の記事禄作成に数日かかることが課題だった。この課題に対し、同大学はGeminiのカスタムAI機能である「Gem」を活用。目標は、発言を漏れなく記録しつつ、フィラーや冗長な表現を修正した読みやすい議事録を、録画・録音データを送信するだけで完成させることである。
作成レシピは、(1)参考資料の用意、(2)Gemの作成(プロンプトと参照データの仕込み)、(3)記録(録音、文字起こし)データの送信、(4)内容チェック、の4ステップである。出力結果は90%程度の完成度で、Canvas機能上で微調整を加えることで、議事録作成の期間は従来の2~3日から1時間30分~数十分に短縮されたという。武田氏は、この効率化により「AIが本質的な業務に時間を割くための強力なパートナーになっている」と述べた。
今後の展望として、同大学は、個人活用フェーズから組織レベルの業務変革フェーズへと昇華させるため、AI推進プロジェクトを再編し、全学的な意思決定組織(ステアリングコミッティ)の設置を検討中だ。また、エンロールメント・マネジメント推進のため、DWH(データウェアハウス)構築を進めており、BigQueryやGemini Enterpriseを使って統合した学内データを対話型分析できる環境を目指している。これにより、データドリブンな大学運営がAIによって支えられる未来を描いている。
AI推進を成功させるためには、「ポジティブさ」「巻き込み力」「キャッチアップ」の3つのマインドが推進担当者に必要であると武田氏は締めくくった。AIの「すごい」という感動やアップグレードのワクワク感を共有することで、現場全体がAIを自分ごととして取り扱う空気が醸成され、「デジタル好きだけ」ではない職員全体を巻き込むことが重要だという。また、日々成長するAIに対し、推進する側が常に最新情報を追い続けることが活用レベルの維持・向上に不可欠だとしている。
AIを個人活用から組織変革へと進める駒澤大学のAI戦略は、人員不足に悩む他大学の指針になりそうだ。この具体的な成功レシピの横展開により、大学全体の生産性向上へつながることに期待したい。












