校務系データと学習系データを連携して教育現場の改善へ
文部科学省事業推進委員長・総務省評価委員長、東京工業大学名誉教授 清水康敬氏による開会の挨拶に続き、文部科学省初等中等教育局情報教育・外国語教育課学習情報係 窪田徹氏から「エビデンスに基づいた学校教育の改善に向けた実証事業」の概要と背景についての説明があった。
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現在、学校ではさまざまな場面でICTの活用が始まっている。たとえば、先生がPCを使って成績処理や出席管理をしたり、子どもたちもPCやタブレット端末を用いて調べたことをまとめたり、デジタルドリルで自習したりと、徐々に日常的なものへと近づいている。「GIGAスクール構想」では、児童・生徒1人1台の端末と高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備することが明言され、学習履歴等の学習系データも、これまで以上に蓄積されていくことが予想されている。
そうした背景から、文部科学省は2017年度より3年間にわたって、さらに教育現場の改善を図ることを目的に、福島県新地町、東京都渋谷区、大阪府大阪市、奈良県奈良市、愛媛県西条市の5地域全19校の小中学校を実証地域・実証校として、「エビデンスに基づいた学校教育の改善に向けた実証事業」を進めてきた。
また同じ実証地域で総務省の「スマートスクール・プラットフォーム実証事業」との連携も進めた。この「スマートスクール・プラットフォーム実証事業」とは、教職員が利用する「校務系システム」と児童・生徒も利用する「授業・学習系システム」の安全かつ効果的・効率的な情報連携方法などを標準化し、同時に円滑な運用基盤となる次世代ネットワーク環境についてのガイドラインを策定することが目的となっている。

実証地域では、各地のデータ活用の目的に応じて「データ可視化システム」が開発され、データ分析から得られたエビデンスを通じて、児童・生徒や学級・学校の状況の把握、個々に応じた学習指導や生活面の指導、保護者への説明、学年や学校経営の改善などの活用が進められた。
データを活用する基盤作りの重要性
次に「データ活用で教育の未来を変える」というテーマで、総務省実証事務局、NTTラーニングシステムズ 教育ICT推進部 小野豊氏が登壇。
「これまではデータを蓄積していても、主観的な説明に頼りがちであったり、客観的な説明の材料が不足していたりと、なかなか利用できませんでした。しかし、スマートスクール・プラットフォームを利用することによって、客観的なエビデンスのデータを利用できる、データに基づいた説得力のある説明に変わっていきます。」
教育データの可視化に基づくスマートスクール・プラットフォームの実証では、「学習指導の充実」「生徒指導の充実」「保護者への情報提供」「学校経営の充実」の4点で効果を上げていることが明らかになったという。

学習指導の充実
日常所見や児童・生徒のクラス内でのようす、テスト結果やアンケート結果などをもとに、子どもたちの学習面をデータで蓄積。授業の改善や児童・生徒に応じた指導、管理職や教員間の情報共有によって連続性のある指導が実現できる。
生徒指導の充実
日常所見や出欠データ、保健室の利用状況、睡眠時間や学習時間など家庭での生活習慣から、生活面がわかるようになった。生活指導の記録を一元的に可視化することで、教員が児童・生徒の抱える生活上の課題を早期に発見し、学校全体で情報を共有することで、児童・生徒への組織的な支援が実現する。
保護者への情報提供
特に三者面談等でテスト結果や日常所見など普段の子どもたちのようすを一覧表示で保護者に提示することで、納得性や説得力のある具体的な説明が可能になる。
学校経営の充実
校務系データの日常所見をはじめとしたデータと授業学習系データに蓄積されたテスト結果やアンケート結果を、クラス単位、学校単位で集計することで、学校経営の計画やカリキュラムマネジメントなどへの活用が可能。各学校の情報をさらに集約することで、教育委員会の教育施策の検討や各学校の指導・助言にも役立つ。
小野氏は、教育データの可視化を進めるには、集めたデータを見てから考えるのではなく、まず現在の課題やなりたい姿を明らかにしたうえで、足りないデータは何か、個人情報の手続き、セキュリティー面でデータが取得できるかを確認していくことが大切だと説明。データ活用の企画・調査では、データがどう活用できるかの概念図を作成、効果の予測や可視化の環境を洗い出して、データを用いて紙面に表していくことが必要とした。そして、システム開発へ一気に進むのではなく、まず取得したデータを用いて、表計算ソフトなどでシミュレーションし、その結果をもとに、学校の先生方や有識者に意見をもらいながらトライアルを実施。効果が見えそうなところで、初めてシステムの構築と実践を重ねるという手順を示唆した。
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なお「スマートスクール・プラットフォーム標準仕様」は、総務省のホームページでの公開が予定されている。
各教育現場に特有の課題を可視化して解決へ
パネルディスカッションでは、5つの実証地域の各担当者による取組みの紹介と質疑応答が行われた。発表順は、福島県新地町、東京都渋谷区、奈良県奈良市、愛媛県西条市、大阪府大阪市。コーディネーターは、北海道開発技術センター地域政策研究所 参事 新保元康氏と千葉県総合教育センター所長 秋元大輔氏の両名が務めた。
以下は各事例の概要。
事例報告1.福島県新地町
校務支援系システムと授業学習系システムの連携を通して、学習指導、生徒指導、不登校防止等の充実を図るために、教育データ可視化システムの構築を進めた。事例では「アンケート結果」と「発言マップ」を基にした、不安を抱える児童の早期発見と支援、担任だけではない不登校生徒への組織的な対応などが紹介された。
事例報告2.東京都渋谷区
教育活動によるデータの可視化から、先生方がデータを活用し、教育活動の質の改善を行うことを狙った。セキュリティー、個人情報保護に配慮したデータの収集方法を確立、校務系と学習系のデータ連携を進めた。タブレット端末1人1台、回線はLTE、クラウドを利用と、GIGAスクール構想に沿った整備が進んでいる。
事例報告3.奈良県奈良市
奈良市は小中学校ともに経験年数10年未満の教員が全体の50%以上を占める。そのため、データを重視した教育への転換が必要と判断。「学び残し」の防止、問題点のピンポイント特定、教員の学び合いの促進と深化の3点が目的となった。事例では、問題点の早期発見と個に応じた指導の取組み、学び残しの防止と個別の支援のあり方が紹介された。
事例報告4.愛媛県西条市
西条市の教育現場では、データがあるにも関わらず十分に活用できていないことが課題。4種類のデータ可視化システムの構築と利用から、授業・指導改善事例を蓄積し、システムへのアクセスと入力の効率化を図る仕組みも改善した。事例では、保護者懇談会での客観的な説明材料、客観的データからの授業改善の取組みが紹介された。
事例報告5.大阪府大阪市
有益なデータの可視化により教育の質の向上を目指す。「学力・体力の向上」「安心・安全な学校」「学校運営の充実」をテーマに、校務系データと学習系データを連携。データ活用から個々の生徒を細かに把握し学校力の向上につなげること、アラート機能を活用して学校改革の実現や学校経営の充実に結び付いた事例が紹介された。
事例報告と質疑応答の終了後、コーディネーターの秋元先生、新保先生からの講評があった。
秋元先生は、ベテランの先生しか気付けなかったことがデータ活用により可視化できること、定点観測から子どもたちの変化を時間軸の中で的確に捉えられること、先生から子どもたちへの声掛けが増えてより的確なものになること、データ活用による学校運営ならば経験の浅い先生によるマネジメントにも可能性が出てくることなどをあげた。
新保先生からは、先生同士のコミュニケーションが増えていること、データですべてがわかるわけではなく、そこから人と人とのやりとりがより豊かになり、授業も学級経営もより豊かになること、学校経営では先生たちの話す機会が多くなれば、より良いものになる。的確なデータをもとにすれば、より効果的・効率的になる可能性があることが示された。
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5地域による実証事業の発表からは、データの多面的な活用が進めば、教育現場はさらに子ども中心に変わっていく可能性もあるのではないかと感じた。客観的なエビデンスを基盤に、先生から児童・生徒に的確な支援があれば、子どもたちの可能性にも多くの気付きがあるのではないだろうか。新型コロナウイルスの影響から混乱も伝えられる現在の日本の教育現場だが、エビデンスに基づく教育やスマートスクールによる教育の変化には今後も注目していきたい。