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【AI時代の教育】生成AIは教育現場をどう変えるのか、OECDと文科省ガイドラインから考える

 「AI時代の教育」は、元高校英語科教諭である林直宏氏による寄稿。今回のテーマは、「生成AIは教育現場をどう変えるのか、OECDと文科省ガイドラインから考える」。

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 教育に関わるすべての人の視点や問いを広く取りあげ、これからの学びをともに考えていく。リシードでは、寄稿連載というかたちで新たな企画を展開する。

 「AI時代の教育」は、元高校英語科教諭である林直宏氏による寄稿。18年間の公立高校勤務を経て、現在は非常勤講師として教壇に立つ傍ら、生成AIの教育利用について積極的に発信している。英語教育の実践者としての視点から、授業づくりや校務における生成AI活用の可能性を探り、教育現場で活用するためのヒントを示す。

 今回のテーマは、「生成AIは教育現場をどう変えるのか、OECDと文科省ガイドラインから考える」。


 はじめまして。林直宏と申します。私は18年間、公立高校で英語教員として勤務し、現在は非常勤講師として、引き続き学校現場に関わっています。

 近年、生成AIの進化はすさまじく、教育現場でも「生徒の学びにつながる形で活用できないか」と考えながら、手探りで実践を重ねてきました。授業準備、教材作成、英作文指導、個別の学習支援など、実際に使ってみると、生成AIには教員の仕事を支え、生徒の学びを広げる可能性があると感じています。

 一方で、教育現場で生成AIを扱うことには、不安や戸惑いもあります。「生徒がAIに答えを作らせてしまうのではないか」「宿題やレポートの意味が変わってしまうのではないか」「教員の役割がAIに置き換えられてしまうのではないか」…こうした疑問は、現場に関わる者にとって避けては通れないものです。

 そこで全3回の記事では、生成AIの教育活用について考えていきます。第1回は、OECDの「Digital Education Outlook 2026」や文部科学省の「初等中等教育段階における生成AIの利活用に関するガイドライン」を手がかりに、生成AIを教育現場でどのように位置づけるべきかを考えます。第2回は、生成AIによって教員の仕事がどのように変わるのかを、英語教材作成の具体例を中心に見ていきます。第3回では、生徒自身に生成AIをどのように使わせるかを、学習支援やプロンプト設計の視点から考えます。学校現場で生成AIとどう向きあうかを考えるひとつのきっかけになれば幸いです。

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 ChatGPTが一般公開されて以降、生成AIは急速に私たちの生活や仕事の中に入り込んできました。文章の作成、要約、翻訳、アイデア出し、画像生成、音声生成など、少し前までは専門的な知識や時間が必要だった作業が、自然な言葉で指示するだけで行えるようになっています。

 教育現場も例外ではありません。授業プリントのたたき台を作る、英作文を添削する、読解問題を作る、生徒の質問に応じて説明を変える、英会話の練習相手になる…こうしたことが、すでに現実的な選択肢になりつつあります。

 一方で、生成AIは大きな可能性をもつ反面、使い方を誤れば、学びを浅くしてしまう危険もあります。だからこそ、「禁止か、全面解禁か」という二択で考えないことが大切です。問われているのは、生成AIを使うか使わないかではなく、教育の目的に照らして、どの場面で、どのように使うのかという設計です。

OECDが示す方向性

 OECDは「Digital Education Outlook 2026」において、教育における生成AIの活用について重要な視点を示しています。生成AIは、明確な教育的意図に基づいて使われる場合、生徒の理解度に応じた説明、練習問題の作成、フィードバックの提供、考えを深める対話などを支援する道具になり得ます。

 しかし同時に、注意も必要です。生成AIを使うことで、課題の完成度が高くなることはあります。整った英文ができる。よくまとまったレポートができる。けれども、それがそのまま学習の深まりを意味するわけではありません。

 生徒が考える過程をAIに任せてしまえば、表面的には良い成果物ができても、本人の力は伸びない可能性があります。教育において重要なのは、最終的な成果物だけではありません。どのように考えたのか、どこで迷ったのか、何を修正したのか、どのように理解が変わったのかという学習過程です

 この視点は、学校現場にとって非常に重要です。教育の目的は、きれいな提出物を作らせることではありません。生徒自身が考え、判断し、表現できるようになることです。したがって、生成AIは「答えを出す機械」としてではなく、「考える過程を支える道具」として位置づける必要があります。

文部科学省ガイドラインが示す方向性

 日本でも、文部科学省が「初等中等教育段階における生成AIの利活用に関するガイドライン」を示しています。ここで特徴的なのは、生成AIの利用を一律に禁止するものでも、逆にすべての学校に利用を義務付けるものでもないという点です。

 学校によってICT環境は異なります。児童生徒の発達段階も異なります。自治体や学校の方針、保護者の理解、教員の経験値にも差があります。そのため、全国一律に「こう使いなさい」と決めることは現実的ではありません。

 文部科学省のガイドラインは、生成AIを活用する際に、教育目的、発達段階、情報活用能力、個人情報、著作権、情報セキュリティ、評価の妥当性などを踏まえる必要があることを示しています。特に重要なのは、生成AIが社会に広がっている以上、学校がそれを完全に無視することは難しいという点です。

 生徒はすでに、学校外で生成AIに触れている可能性があります。検索エンジンやスマートフォンの機能の中に、生成AIが組み込まれている場合もあります。そう考えると、学校がすべきことは、単に「使ってはいけない」と言うことではありません。生成AIの特徴や限界を理解させ、適切に使う力を育てることです。

 これは、情報活用能力の育成とも深く関わります。AIの出力をそのまま信じるのではなく、事実かどうかを確認する。自分の目的にあっているかを判断する。個人情報や著作権に配慮する。AIを使った場合には、どのように使ったのかを説明できるようにする。こうした力は、これからの社会でますます重要になります。

教員の役割はなくなるのか

 生成AIの話題になると、「教員の仕事はAIに奪われるのではないか」という不安が出てきます。たしかに、知識を説明するだけ、英文を作るだけ、問題を作るだけであれば、生成AIは非常に速く処理できます。

 しかし、それは教員の役割がなくなることを意味しません。AIは学習用の教材を作ることができます。しかし、その教材が目の前の生徒にあっているかどうかを判断するのは教員です。AIは英作文にコメントを返すことができます。しかし、その生徒がなぜ同じ間違いを繰り返しているのか、どのような支援が今必要なのかを見取るのは教員です。

 生成AIに任せやすいのは、量を必要とする作業、形式を整える作業、複数の案を出す作業です。一方で、教員が担うべきことは、学習目標の設定、生徒理解、活動設計、評価判断、動機づけです。AIは素材を出せますが、その素材を学びに変えることはできません。こうした判断こそ、教員の専門性です。

英語教育との相性

 私自身は英語教員として、生成AIと英語教育の相性の良さを強く感じています。英語は言葉を扱う教科です。そして生成AIもまた、言葉を扱う技術です。

 たとえば、文法項目にあわせた例文を作ることができます。生徒のレベルにあわせて英文の難易度を調整できます。英作文に対して、文法、語彙、構成、内容の観点からフィードバックを返すこともできます。スピーキング練習では、面接官や旅行先の店員などの役割を与えて会話練習をすることも可能です。

 これまで、教員1人で全員に十分なフィードバックを返すことには限界がありました。英作文を1枚1枚添削するには時間がかかります。スピーキング練習でも、ひとりひとりの発話量を十分に確保するのは簡単ではありません。生成AIは、この限界を少し押し広げてくれます。

 ただし、ここでも大切なのは、AIに丸投げしないことです。AIが出した英文が自然かどうか。生徒のレベルにあっているか。授業の目的にあっているか。評価として使えるか。これらは教員が確認しなければなりません。生成AIは、教材を完成させる存在ではなく、教材作成の出発点を与えてくれる存在です。

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生成AI時代に必要な学び

 生成AIが広がる時代に、生徒に必要な力も変わっていきます。もちろん、基礎的な知識が不要になるわけではありません。むしろ、AIの出力を判断するためには、基礎知識がこれまで以上に重要になります。

 そのうえで、これから求められるのは、AIを使って自分の学びを調整する力です。何がわからないのかを言語化する。どのレベルで説明してほしいのかを伝える。AIの答えを読み、自分に必要な部分を選ぶ。納得できないところをさらに質問する。こうした力は、自分の学習課題を把握し、改善していく力です。

 この意味で、プロンプトを書く力は、新しい時代の学習方略とも言えます。プロンプトとは、AIへの指示文のことです。しかし教育の文脈で考えると、それは単なる命令文ではありません。自分の目的、条件、困っている点、ほしい支援を言葉にする作業です。つまり、プロンプトを作ることは、自分の学びを言語化することでもあります。

生成AIに振り回されないために

 生成AIは、教育現場に多くの可能性をもたらします。教材作成の負担を減らし、個別の練習機会を増やし、生徒の学びを支えることができます。一方で、誤情報、個人情報、著作権、学習の空洞化、評価の公平性など、慎重に考えるべき課題もあります。

 だからこそ、必要なのは、生成AIを盲目的に信じることでも、恐れて遠ざけることでもありません。教員自身がまず使ってみて、出力を確かめ、授業の目的にあう形へ修正することです。生徒に使わせる場合には、ルールと目的を明確にして、実践しながら少しずつ改善していくことでしょう。

 生成AIは、教育を完全自動化するための道具ではありません。むしろ、教育において人間が担うべきことを、改めて浮かび上がらせる存在です。生徒を理解することや、学びの場を設計すること、考える余白を残し失敗を学びに変えること。こうした仕事は、AIが高度になっても教員に残り続けると思います。

 生成AI時代の教育に求められるのは、「AIに何をさせるか」だけではありません。「AIを使って、教員は何に時間を使うのか」「生徒にどのような力を育てるのか」を考えることではないでしょうか。

 次回は、教員の仕事が生成AIによってどのように変わるのかを、英語教材作成の具体例をもとに考えていきます。

《林直宏》

林直宏

 高校非常勤講師。18年間、公立高校で教諭として勤務した後に現職。2022年度(令和4年度)文部科学大臣優秀教職員表彰受賞。月刊『英語教育』(大修館書店)にて生成AI活用に関する記事を複数寄稿。電子書籍『英語教員のための生成AI活用術』を執筆。「生成AIの教育での活用」についてnoteで発信中。

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