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Libry子会社化で加速するカシオの教育事業戦略

 2024年3月26日、カシオ計算機はLibryの子会社化を発表した。教育ICT化が進む中、カシオとLibryは教育における新たな価値創造を共に目指すという。カシオ計算機 上嶋宏氏とLibry 後藤匠氏に話を聞いた。

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カシオ計算機 上嶋宏氏とLibry 後藤匠氏
  • カシオ計算機 上嶋宏氏とLibry 後藤匠氏
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  • Libry 後藤匠氏とカシオ計算機 上嶋宏氏

 2024年3月26日、「ClassPad.net」を提供するカシオ計算機(以下、カシオ)はLibry(リブリー)の子会社化を発表した。GIGAスクール構想により日本の教育現場のICT化が進む中、カシオとLibryは教育データを活用した個別最適化学習や、教育アセスメントの支援による新たな価値創造を共に目指すという。「ClassPad.net」と「Libry」はこれからどのように発展していくのか。カシオ計算機 EdTech事業部 EdTech開発部 部長 上嶋宏氏とLibry 代表取締役CEO 後藤匠氏に話を聞いた。

ビジネスもマインドも近いカシオとLibry

--Libry子会社化の経緯をお聞かせください。

上嶋氏:まずカシオが日本で展開する教育事業のビジネスモデルやビジネスフィールドがLibryと近しく、また会社のビジョンや後藤さんが目指している方向性が、これからカシオが進もうとする教育ICT化への対応にマッチしました。

 これまでカシオは日本の教育市場では電子辞書をメインに取り組んできました。おもなお客様は高校生でLibryと同じ、出版社からコンテンツをお借りしてデジタルで価値を付加して学校現場に届ける形もLibryと同様です。GIGAスクール構想後、高校現場にもパソコンが導入され、カシオも2021年4月に電子辞書アプリを含む学習アプリ「ClassPad.net(ベータ版)」をリリース(2021年9月1日よりサービス提供開始)。電子辞書より画面の大きいパソコンの良さを生かして、辞書だけでなく学習機能を広げ、学校現場での利用を推進してきました。

 このClassPad.netでは英語や社会が中心ですが、今後は理科や数学、コンテンツの形態も辞書や用語集、問題集、参考書、教科書にまで拡張したいと考えていました。Libryはすでに理数系、そして問題集と教科書で展開し、ベンチャー企業ならではのスピードがある。そうした状況のなか、私たちカシオが戦略投資枠180億円を設定したことで、資本関係も含めてLibryに声を掛けました。

後藤氏:カシオのような大きな企業から声をかけられたので、正直、驚きました。私たちもGIGAスクール構想を経てEdTechのマーケットが大きく動くと期待していましたが、端末は揃えどもマーケットの変化は緩やかでした。「一人ひとりの可能性を最大限発揮できる社会をつくる」という自分たちのビジョンを実現するために、自分たちだけでやっていくべきか、それとも大きい企業と一緒に取り組んでいくのが良いのか、ちょうど考えていたときに今回の話をいただきました。

 大企業と一緒に取り組む場合、Libryはビジョンを非常に重要にする会社なので、「誰と一緒にやるか」は重要なポイントでした。まず、Libryとカシオが考える教育に対する温度感が近いという印象をもちました。ただ、テクノロジーを使って効率的になれば良いという考えでなく、子供たちや先生の内部にある可能性や好奇心を引き出すためにテクノロジーでサポートしようよというスタンスに親和性を感じました。さらに、カシオがもっているさまざまなアセットを聞く中で、Libryは理数の出版社と付き合いが深いが、同じ高校領域でカシオは電子辞書事業で英語や社会科や他の科目の付き合いが深い。また私たちは自前の営業部隊をもっていないけどカシオにはある。国内のコンテンツ量や営業力を考えれば、一緒に組むことでより早く大きな世界観が作れるのではないか。また子供たちの学習環境には教科書も辞書も問題集もすべてつながっているほうが良いのではないか。そうした観点で、カシオはLibryにシンデレラフィットする会社だと感じました。

 私自身が創業した理由は、「世界平和という夢のために何ができるのか」でした。教育を志したのも、自分が小学生のころに発展途上国の子供たちが学校に通いたくても通えないという特集を見て、それを解決したいと思ったのがきっかけです。そのため興味の原点はグローバルなんです。ただ国内の課題は山積し、その解決にも時間がかかり、海外は自分たちにとって遠い存在でした。カシオは関数電卓のグローバルシェアをかなりもっていて100か国以上の販売チャンネルがあると知り、カシオとならばグローバル展開が近くなると思いました。

 実際に話を進める中で、カシオの皆さんが、今のLibryの戦略や経営陣を信頼してくれていると感じて安心しました。今のLibryのカルチャーやプロダクトがもつ哲学、チームの風土などを守ったまま一緒に育てていこうという空気感を、いろんなレイヤーの方から感じました。具体的に話が始まったのは2023年7月、そこから2024年3月26日の子会社化発表になりましたので、大きな会社のM&Aとしては早い動きだったと思います。

後藤匠氏

異なる教科や書籍の組合せで価値向上

--子会社化によるシナジーや役割分担について、どのようにお考えでしょうか。

上嶋氏:ビジネスモデルやターゲットが一緒にもかかわらず、教科が違うことで今まで競合しなかったというのが、本当に後藤さんの言うとおりシンデレラフィットだと思います。

後藤氏:私たちは理数科目が中心で、これからはもっと文系科目に注力していこうと考えていましたし、カシオも理数科目に取り組もうとしていて、将来的には競合していたかもしれませんね。

上嶋氏:書籍のタイプが被っていなかったのも大きいです。Libryは問題集がメインですが、今回一緒になったことで理数も語学も問題集はLibryでやろうという発想が生まれました。全教科できれば学校でアプリを使い分ける必要がなく、同じフィールドの同じ環境で同じ価値を提供できます。それがユーザーへの提供価値として最大のシナジーだと考えています。

 また、カシオは基本的にハードウェアの文化でしたが、今後増えるアプリやWebサービスの開発についてはアジャイル開発に舵を切っています。ここにもアプリ主体でやってきたLibryの知見を取り入れたい。さらにカシオには後藤さんほど国内の教育に精通するプロはいません。後藤さんは文部科学省や総務省などさまざまな会議にも参加されていて、これを機にカシオとしても日本の教育界にプレゼンスを示したいという思いがあります。

後藤氏:カシオはハードウェアメーカーとしての品質に対する知見、AIをはじめとした研究開発のリソースが豊富です。それは私たちスタートアップからするとかなり羨ましい。今、カシオの開発部門のAIチームの方たちと、教育を良くするためにいかにAIを活用していくかをディスカッションしています。またClassPad.netをもっとアジャイルに開発できるよう、どこまでスピードと品質のバランスを取っていくかについて、私たちのカルチャーをお伝えして良い形にできればと考えています。

教育ICT化に対応しながらLibryを海外へ

--カシオさんの事業全体における教育事業の位置付けを教えてください。

上嶋氏:今、カシオの中で教育事業は売上の約2割を占めています。これは時計事業に次いで2番目で、非常に重要な事業になっています。教育は子供たちの未来に関わる重い責任とやりがいがあります。私たちは「Boost your Curiosity」を合言葉に、テクノロジーをいかに活用してより良い教育を実現するかに取り組んでいます。新興国を中心に関数電卓でテクノロジーを活用すれば深い学びができることを提案し、カリキュラムを作って指導者や生徒をトレーニング。結果的に国力が上がるところまで支援を継続しています。

 今、もっとも重要なのは教育ICT化への対応です。そして私たちのメインフィールドは中等教育の中でも特に公教育です。日本の公教育ではすでに児童生徒1人1台のパソコンが整備されていますので、ClassPad.netにいかにより良い価値を付加して提供できるかが重要だと考えています。
 
 また、海外でもICTの整備が進んでいます。海外では理数教育の展開がメインなので、早くLibryを紹介したいです。

上嶋宏氏

教育データの連携で新しい価値の創出へ

--今後、どのような形で教育データの活用に取り組むのでしょうか。

後藤氏:今のLibryは子供たちが教科書や問題集を「読む」「解く」という学習履歴のデータを蓄積しています。そこから子供たちが主体的に学習に取り組んでいるのか、何ができて何ができないのかを評価して、先生や子供たちにフィードバックしています。

 一方でClassPad.netでは、辞書やノートアプリの利用といった、Libryでは取得できない領域のデータが可視化されます。このClassPad.netとLibryの学習履歴を組み合わせることで、より深い内容をフィードバックすることが可能になると考えています。

 教育データの活用は、多くの学習履歴のデータを集め、いかに学びや指導に活用していくかが焦点です。異なる複数のサービスを連携して、そこから価値を作る事例は世の中にはまだそれほど多くありません。同じグループの中で、異なるEdTechサービスを組み合わせて、どんな価値を生み出せるのか。そうした教育サービスのデータ連携のフロンティアをカシオとLibryで築き、教育データの活用の有用性を世の中にしっかりと示して、Lerner Centric(学習者中心の教育モデル)に向かいたい。そのファーストステップがClassPad.netとLibryのデータ連携です。

--今現在、取り組んでいることについてお聞かせください。

後藤氏:カシオのみなさんと話す機会が増えていますが、グループとしてビジネスを捉えていて、Libryのビジネスを盛り上げようという温度感があるので、とても心強く、仕事がしやすいです。その意味ではLibry単体で伸ばすことはもちろん、カシオグループ全体として、いかに子供たちや学校現場を支援できるかに向き合い解決して貢献したいです。

上嶋氏:教育事業部にいるメンバーからは、Libryと一緒に取り組むことで、世界が広がるという声があがっています。後藤さんの教育的な知見はもちろん、ほかの部門の方からも、ビジネスを効率的に発展させる方法を吸収したいと感じています。またカシオの営業メンバーのLibryへの期待が高く、両者の機能的な連携について、早く先生方にお伝えしたいといった声もたくさん届いています。

後藤氏:具体的な連携を、早くお伝えできると良いですね。営業や開発の連携の仕方など今は本当にさまざまな部署の方と、幅広い議論をしているところです。

上嶋氏:後藤さんのようにAIをはじめとしてデータを活用するビジョンを、カシオの開発メンバーに熱く語れる人はなかなかいません。

後藤氏:もちろんアルゴリズムの精度が上がったことで感じる体験の差も大切ですが、実は子供や先生にどうメッセージングして見せるかというインターフェースや、何をどういう順番で見せるかが大切で、Libryはこれまでそこにこだわってきました。その蓄積されてきた知見をClassPad.netにどう生かすか、ClassPad.netとLibryを組み合わせることで何ができるのかを考えていきたいです。さらに優しい世界観を一緒に作っていきたいですね。

--ありがとうございました。

 上嶋氏と後藤氏の取材では、お互いが「シンデレラフィット」と認め合い、すでにチームとしての一体感が溢れていた。子供たち中心の教育を起点に生まれるさまざまなサービスは、きっと日本や世界の教育で活用されていくだろう。

《佐久間武》

佐久間武

早稲田大学教育学部卒。金融・公共マーケティングやEdTech、電子書籍のプロデュースなどを経て、2016年より「ReseMom」で教育ライターとして取材、執筆。中学から大学までの学習相談をはじめ社会人向け教育研修等の教育関連企画のコンサルやコーディネーターとしても活動中。

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