今回は、2013年から高校での「1人1台iPad」を活用した学びをスタートした近畿大学附属高等学校の乾武司先生に、iPadという端末の特性を最大限生かした授業事例、さらには、手書きツールとして威力を発揮するロジクールのデジタルペンシル「Crayon(クレヨン)」を使った効果などを聞いた。
あらゆる知識にアクセスできるICT
--乾先生、よろしくお願いいたします。まず、ICT活用の利点はどんなところにあるとお考えですか。
ICTの有効性は「あらゆる知識に簡単にアクセスできること」。この一点に尽きます。
生徒の手元に莫大な量の図書館があるようなもので、これまでのような「一から十まで教える」という作業が教師の役割から外れます。そして、生徒が知識を取りに行ったうえで、その知識をどのように有効活用し表現するかということに教育目的をシフトさせていけるかが、ICT活用の重要なポイントになると思います。
--近畿大学附属高等学校(以下、近大附属高)では、すでに2013年からICT活用を始めていらっしゃいますが、それ以前はどのような環境だったのでしょうか。
近大附属高では、2013年の新入生高校1年生全員の約1,000名にiPadを購入していただいたことがスタートです。それ以前はICTとはほぼ無縁で、トラディショナルな板書とノートで授業を行っていました。
--2010年前後ですと、巷では電子黒板などの導入が始まっていましたが、近大附属高では、そういったブームとは無縁だったのでしょうか。
当時は、ICTの必要性をみんな感じておらず、「何をするの」「何のために入れるの」といった声も多かったです。しかし、小中学校で電子黒板やパソコンの導入が始まると、いずれICTを利用してきた子どもたちが高校に入学してくるわけです。その際、高校で利活用できるICTの用意がないのは問題だということで、電子黒板やプロジェクターを検討しました。そして、「それならば、生徒側に画面があり、資料を配布したり、送り返してもらったりすることができるシステムを作れば良い」ということで、iPadを導入することになりました。ICT導入については、校長や私を含む数人で検討していったのですが、校内ではあえて改革しなければという雰囲気はほとんどなく、多くの先生方は反対されていた状態でしたね。
現在はICT環境も整い、近大附属小学校から共通のプラットフォームを使い、アカウントも小学校から同一のものを使ってデータの引き継ぎも可能です。また、eポートフォリオも重要だと考えており、学校独自のeポートフォリオシステムを開発し、こちらも小学校からの一貫した活動が記録されています。
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先生が生徒のiPadにも書き込めるCrayon
--iPad導入以降、乾先生はさまざまなICTツールを使ってこられたと思いますが、そのようなご経験から見て、Crayonの印象はいかがでしたか。
Crayonは、普通の鉛筆のような感覚でiPadに絵や文字を書くことができ、とても良いですね。
Apple Pencilも使っていますが、遜色なく使えています。私が担当する生物の授業では、かなり細かいスケッチも生徒たちは描いていました。また、充電のケーブルがiPadと共有できる点も良いですね。教室ではアダプターを用意しておき、必要になったら生徒たちが自分で充電できるようにしています。
特に良かった点が、ペアリング不要で同時に複数のiPadでも使えるため、自分のCrayonで生徒のiPadに書き込みできる点です。
--それは大きな利点ですね。逆に、「もっとこうなったら良い」といったご要望はありますか。
あえて言うなら、バッテリー残量が見にくい点でしょうか。今年度は、このCrayonを使って、デジタルノートテイキングをトライアルで行う予定です。自分の学習した教材がすべてクラウドにあり、ノートの持ち歩きが必要なくなります。Crayonは、その切り札だと考えているので、バッテリーの残量が常にチェックできることも重要です。
--デジタルノートテイキングは興味深いですね。どんな授業で行っているのでしょうか。
2021年度の終わりには高校1年生の選択授業のひとつ、「選択生物」の17人の生徒にCrayonを渡し、試験的に使ってもらいました。
これまでは、iPadがあっても、生物のスケッチは紙と鉛筆で行っていました。Crayonを導入したことで、すべてデジタル上で配布し、生徒が書き込んだものを回収、添削して返すということができるようになりました。
また、小論文などの記述にも使ってみましたが、これまでの紙ではなく、iPadとCrayonで十分だと感じました。
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
個性が発揮できる手書きで授業の幅も広がる
--生徒さんの生物のスケッチは、想像していた以上に緻密ですばらしいですね。デジタルペンシルでここまで描くには、練習が必要でしょうか。
練習というより、慣れだと思います。使っている生徒たちを見ると、勝手に使い方を覚えている感じです。生物では、スケッチとレポートをすべてiPadで提出してもらいましたが、鉛筆とそん色ないレベルでした。
--理科ですとさまざまな使い方ができそうですね。他にも、iPadとCrayonを使えば、どんな活用の可能性があるでしょうか。これから使う先生方のヒントになれば嬉しいです。
まず、iPadがノートPCなどの他の端末と大きく異なる点は、画面への直接アクセスをメインとしている点です。
iPadでは手書きがそもそも個性になり、それを引き出すツールとして、ペンデバイスは必須だと考えています。これまでの選択として、書きやすさや性能面ではApple Pencil一択だったのが、選択肢が1個増えたという感じです。しかも、Crayonは転がりにくく、部品をなくしにくいという利点もあります。
iPadとCrayonを使うのであれば、児童や生徒にはいろいろな表現をしてほしいと思います。そのひとつが手書きのイラストです。プレゼンをする際にも、みんなが同じような無料のイラスト素材を使うのではなく、自分で描くことでグンと個性的なものになります。
また、Appleのアプリ「Keynote」には、手書きで描画したとおり再生できる「線描画」という機能があるので、イラストを描いた順に再生するアニメーションを使えるほか、国語の漢字の書き取りテストで書き順を見るために動画で提出させることも可能です。
--なるほど。この再生機能は、高校に限らず、小中学校でもさまざまな活用ができそうですね。
はい。Keynoteは、iPadで使えるアプリの中でも強力なツールです。この機能で、何もないところに線が出てきてキャラクターになるアニメーションを作成することが簡単にできます。こうした動的なものを手書きで表現できるようなアウトプットは、これまであまりなかったと思います。手書きを他と連携することで個性的にもなるし面白くもなる。上手に使うことで、さらに幅が広がると思います。
--絵が上手な子がどのように描いているのか、その制作過程もわかりますね。
同じものをつくるにしても、手書きには個性が入る余地があります。手書きを重視することで、より生徒たちのクリエイティビティを刺激できるので、デジタルペンシルはとても魅力的なツールだと思っています。

デジタル上で「手書きプリント」を実現
--他にも、デジタルペンシルの面白い使い方があれば、ぜひ教えてください。
まず、全教科にいえるのが、今まで手書きの紙プリントで行ってきたものが、すべてデジタル上でできる可能性が高いということです。紙媒体がないことで、時間や場所などの物理的な制約がなくなります。コロナ禍の臨時休校中もそうでしたが、生徒の手書きの提出物をいつでも回収できることは、とても便利です。
--デジタルペンシルというツールがあることで、大きく変わりますね。授業で使う際に、お勧めのアプリはありますか。
先ほどあげたKeynoteのほか、スケッチでは「Tayasui Sketches School」も使っています。また、「Pages」はワープロアプリだと一般には思われていますが、デジタルブックを出版するためのパブリッシャーアプリとして使えます。マルチメディアで、動画なども貼り込むことができます。
それから、「Numbers」は、セルに手書きで数字を書くことができるのですが、ご存じでしょうか。
--え、そうなんですか!? それは便利ですね。
はい、Numbersでは手書きで書いた数字がそのまま表になっていくので、キーボードいらずで、スプレッドシートの概念が変わると思います。しかも、スプレッドシートには、余白部分に手書きでメモを書いたり、動画や写真を貼り付けることができます。
つまり、化学の授業などで、実験結果の表、自分の手書きメモや感想、実験で撮影した写真を全部1枚のシートに貼り込んだファイルを作ることができるのです。まさに、「実験レポートの最強アプリ」です。
iPadは、一般のアプリも良いですが、特にApple標準のアプリは無料で使えるだけでなく、とても素晴らしいものが揃っています。
--こうしたデジタルツールは、生徒も進んで使うことが多いようですが、その理由はなんでしょうか。
やはり、何回間違えても消して直せるところが良いと思います。失敗を恐れないで、何度でもトライできることはとても大事で、「間違ってもいい。できたところから活用できるよ」と軽く言えるんです。
また、論文では打ち込んだデータを自由に推敲できるので、紙よりも構造的な文章の作り方の練習に向いています。
リトライ、アンドゥ、修正、再利用は、デジタルデバイスの特権です。より良いものにしていく作業が簡単にできることで、さまざまな子どもたちに可能性を与えていると思います。
「生徒に任せる」使い方こそがクリエイティビティと自主性を育む
--最後に、1人1台端末の時代になったものの、ICT活用が得意でない先生に向けて、アドバイスをいただけますか。
教育現場では、新しいものを入れるときは保守的になりがちで、まずは、先生が安全を確保できる最小限のところで生徒たちに使わせようとすることが多いように感じます。しかし、本来は逆だと思っています。自由度が高く、生徒に任せる部分が多い使い方のほうが、より生徒たちのクリエイティビティが高まり、主体的な部分が見えるようになります。
完成形が決まっている課題よりも、決まっていない課題のほうが、生徒は一生懸命に取り組み、先生が想定した以上にクリエイティブなものを仕上げてきます。そして、その課題は生徒の主体性を引き出してくれるのです。
そうした生徒たちの姿を見れば、「今まで思っていたのと違う」と感じていただけると思うのですが、それまでは怖くて、生徒に任せることは難しいかもしれません。まずは、楽しそうに使っている先生の授業を見に行って、実際の楽しさを感じる機会があると、一歩踏み出すきっかけになるかもしれません。
ICTは新しい道具ですから、まずは、先生自身が勇気をもって今までの殻を破ってみてください。きっと、見たことのない世界に出会えると思います。
--ありがとうございました。
近大附属高の乾先生の授業では、iPadとデジタルペンシルCrayonの相乗効果により、デジタル上で「手書き」が実現し、授業に大きな変革をもたらした。特に、生徒が「自由に使う」ことでクリエイティビティが発揮され、主体的な学びにもつながっていった。
ICT活用にハードルの高さを感じている先生も多い中、手軽に授業に取り入れられるデジタルペンシルの存在は、非常に活用しやすく、かつ高い効果を期待することができそうだ。
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