本研究の発端について、東京大学大学院教育学研究科の教授である遠藤利彦氏は「赤ちゃんでもスマートフォンなどの情報端末に触れるようになっている。時代に先駆け、子どもたちがどのような形で絵本・本に触れ、どのような学びができるのかという新しい方向性について提案していきたい」と語った。

「子どもと絵本・本に関する研究」は、絵本・本と子どもの関わり方を把握し、新たな価値観を探究することで、デジタルメディアを含む子どものメディア環境をより豊かにすることを目的としている。従来の絵本・本とデジタルメディアとのどちらが良いということではなく、それらの使い方のバランスを考え、よりよい環境づくりをすることが重要だという。
そもそも絵本や本は子どもの発達に役立つ機能性があり、子どもには読む権利があるものとされている。さらに昨今は乳幼児保育・教育の質の重要性に関する議論が盛んになっているが、現場の詳細が明らかではなかったため、第1段として全国規模での実態調査が行われた。
まず冊数に関する調査結果は、園で所有している絵本は500から1,000冊未満が20.5%ともっとも多かった。施設形態別に見ると、300冊未満と答えた認可保育所が30.8%である一方、幼稚園は9.8%、認定こども園は7.7%と差が明らかになった。
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その理由について、東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター 特任助教の高橋翠氏は「施設における園児が少ない場合や、設立年数が浅いと蔵書数も少ない傾向にある」と指摘した。
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同様に、1年間の絵本の平均購入予算が5万円未満である施設は、認可保育所が60.4%、幼稚園が55.0%、認定こども園が41.1%となった。
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これらの数値から算出された子ども1人あたりの年間平均予算は認可保育所が615円、幼稚園が583円、認定こども園が641円と、1,000円以上であることの多い絵本1冊の値段より安い金額であることがわかった。一方で、絵本を購入するために市町村や都道府県からの補助金がある施設はほとんどない。
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また、園における絵本の蔵書数や購入予算は十分だと思う保育者が多く、研究者と現場とのギャップが見られた。しかし、施設での蔵書数が少ないと答えた園ほど図書館をはじめとする近隣施設の絵本を活用する頻度が高いことが判明したため、高橋氏は「地域全体で未就学児の絵本・本環境を整えることが重要である」と話した。
今回の調査結果を踏まえ、施設間格差を埋めるべく自治体では絵本・本に対する特別予算を設けることや近隣施設との連携をより深めることが必要であるとまとめた。
ポプラ社代表取締役社長の千葉均氏は、「世界中の子どもたちに強く生きる力を身に付けてほしいという思いでいる。それは面白がる力であり、乳幼児期に親からの愛情を受けることで育まれるものである」と話す。そのためにポプラ社では「のびのび読み」によって絵本で親子のコミュニケーションをつくることを推進しているという。「絵本を通じたコミュニケーションを推進する活動により注力できるよう、今後の研究成果に期待してほしい」とコメントした。

東京大学大学院教育学研究科長の秋田喜代美氏は、「乳児期だけでなく幼児期も含めて、生涯にわたる今後の豊かな人生のために、本と出会う習慣を形成することが大事だという風に考えています。また、家庭間での経済格差があることや園の中でも散らばりが大きいことが明らかになったため、基礎的な調査にもとづいて、子どもたちを取り巻く豊かなメディア環境がどのように保証されると良いのかを考えていきたい」と総括した。

今後の研究として、調査研究、実験研究、事例研究の3つを柱として行う予定。特にウェアラブル・アイトラッカー(視線計測装置)を用いた親子の視線行動ややり取りの違いを比較するという世界初の試みも実施される予定だ。
◆全国保育・幼児教育施設の絵本・本環境実態調査
調査方法:ポプラ社DMに同封したアンケートをFAXにて返送、もしくはCedepのウェブサイト上で回答する
調査期間:2019年10月上旬から10月31日
調査対象:保育・幼児教育施設33,566園(うち回答は1,042園)