教育に関わるすべての人の視点や問いを広く取りあげ、これからの学びをともに考えていく。リシードでは、寄稿連載を通じて、教育実践や研究に根ざした知見を紹介する。
「図工でつながる社会」は、図画工作を専門とする小学校教諭 八嶋孝幸氏による寄稿。教育者、研究者、アーティストという3つの視点から、造形教育の可能性を探究している。身近な社会に存在する形や色、デザインに込められた意味や価値に目を向け、子供たちが社会とつながりながら学ぶ造形教育の実践を紹介する。
今回のテーマは、「図工は将来の役に立つのか」。
青森県にある国立大学法人の附属小学校で勤めている八嶋孝幸です。教職20年目で、図画工作を専門としています。教育を通して、子供たちが地域や社会と豊かに関わりながら、自ら未来を切り拓く力を身に付けられることを目指しています。
「楽しい」と「役に立つ」をつなぐ
「図画工作の学習が好きだ」と感じている子供は多い一方で、「生活や社会に出て役立つ」と考えている子供は、それほど多くありません。
国立教育政策研究所が2022年度(令和4年度)に小学6年生を対象に行った調査では、「図画工作科の学習が好きだ」という質問に肯定的に回答した割合は77.2%でした。しかし、「図画工作科の学習をすれば、普段の生活や社会に出て役立つ」という質問への肯定的な回答は55.1%にとどまっています。
図工は「今、楽しい教科」ではあっても、「将来につながる教科」としては十分に捉えられていないのかもしれません。そこで本研究では、地域の文化や人々の生活と結び付いた造形活動を行うことで、子供たちが図工を学ぶ意味を実感できるのではないかと考えました。
教育社会学者の本田由紀氏は、子供が学習に感じている意味や意義を「学習レリバンス」とよび、2つの側面から捉えています。
1つは、学習すること自体を面白い、楽しいと感じる「現在的レリバンス」です。もう1つは、その学習が将来の生活や仕事などに役立つと感じる「将来的レリバンス」です。学びを長く続けようとするためには、この2つがそろうことが大切だとされています。
図工では、つくることや見ることの楽しさを味わうだけでなく、学んだことが身近な生活や地域社会とつながっていると実感できることが重要です。そこで、普段は見過ごされがちな地域の形や色に目を向け、そのよさや面白さを発見し、新しい意味や価値を見いだす授業を構想しました。
津軽の「鬼コ」を題材に
授業は、3年生8名と4年生8名からなる複式学級で実施しました。題材名は「見守ってMY鬼コ」です。取りあげたのは、津軽地方の神社に伝わる「鳥居の鬼コ」でした。
鬼コは、鳥居の中央などに取り付けられている鬼の像です。一般的な怖い鬼とは異なり、神社や集落の人々を災いから守る存在とされています。津軽を中心に40体近くが確認されており、地域に暮らす人々が長い間大切にしてきた文化です。
しかし、地域の子供たちにとっては、身近にありながら、意識しなければ気付かない存在でもあります。そこで、鬼コを単に粘土で再現するのではなく、「学校のどこに、どのような鬼コがいたら良いか」を子供たち自身が考えることにしました。
この授業では、次の2点を重視しました。
地域の生活や社会にある形や色から、学びを広げたり深めたりすること
地域の「人・もの・こと」と学習を効果的につなぐこと
学校生活と地域文化を結び付けることで、子供たちが自分なりの目的や願いをもって表現することを目指しました。
学校を見守る鬼コを考える
授業の導入では、県の地域支援チームが作成した「鬼コカード」を鑑賞しました。さまざまな鬼コの形や色、表情、姿勢などを比べながら、「鬼コとはどのようなものか」を学級全体で共有しました。
その後、「学校のどんな場面を見守ってほしいか」「どんなときに助けてほしいか」を考えました。子供たちは、校内の写真を見たり、実際に学校の中を歩いたりしながら、鬼コを置きたい場所を探しました。
たとえば、玄関を見守る鬼コや、学校生活を安全にしてくれる鬼コなど、ひとりひとりが学校での経験をもとにアイデアを膨らませました。そして、考えた鬼コをスケッチし、芯材を動かしながら、イメージに合うポーズをつくっていきました。地域文化をそのまま模倣するのではなく、「自分たちの学校に必要な鬼コ」という新しい意味を加えたことが、表現への意欲につながりました。
材料と向き合い、表現を深める
製作には、乾燥後に削って形を整えられる石粉粘土を使用しました。子供たちは、芯材に粘土を付け、へらややすりを使いながら、自分のイメージに近付けていきました。
授業では、接着や修正に用いる「どべ」の使い方も学びました。また、活動中に新しいアイデアを思い付いた場合には、当初のスケッチにこだわらず、積極的に試して良いことを確認しました。子供たちは友達の工夫を参考にしたり、自分の表したいことに合う方法を選んだりしながら、粘り強く製作を続けました。つくる過程で、鬼コの独特な形や色、表情の面白さに改めて気付いた子供もいました。
完成後は、作品の写真をクラウド上で共有し、二次元コード付きのオリジナル鬼コカードを作成しました。作品は、それぞれの鬼コが見守ると想定した校内の場所に展示しました。鑑賞では、形や色、用具の使い方、場所に込めた願いなどに注目し、互いの表現の良さや面白さを伝えあいました。

学びが学校の外へ広がる
この活動は、授業の中だけで終わりませんでした。学級全員の作品は市の子供美術展にも展示され、多くの人に見てもらう機会をつくりました。

さらに子供たちから、「今年度お世話になった方々にも鬼コを贈りたい」という意見が出ました。そこで、交流や共同学習を行った特別支援学校、総合的な学習の時間でお世話になった地域の味噌醤油醸造元、地域のコンビニエンスストアに贈る鬼コを製作しました。
子供たちは、それぞれの場所や、そこで働いたり学んだりする人にあう鬼コについて話しあいました。たとえば、特別支援学校の子供たちをイメージしたカラフルな鬼コや、味噌を連想させる色の鬼コなどが生まれました。


完成した作品は実際にそれぞれの場所に展示されました。作品を受け取った人々が喜ぶ姿は、子供たちにとって大きな励みになりました。保護者と一緒に店を訪れ、自分たちの作品を鑑賞する姿も見られました。
自分が学んだことや工夫した表現が誰かの役に立ち、人を喜ばせ、地域の中に残っていく。この経験が、図工の「将来的レリバンス」を高める重要な契機になったと考えられます。
子供たちの振り返りから見えたこと
題材終了後の振り返りでは、16名中10名の記述に、図工の楽しさを示す「現在的レリバンス」と、学びの社会的な意味を示す「将来的レリバンス」の両方が表れていました。
子供たちは、石粉粘土や用具の使い方を身に付け、自分のイメージを形にできた喜びを記していました。同時に、「学んだことを別の鬼コづくりに生かせた」「自分のつくったもので人に喜んでもらえた」「身の回りには面白いものがたくさんあると気付いた」と振り返っています。また、授業をきっかけに、休日に家族と鬼コカードを集めに出かけた子供もいました。学習が教室の外へ広がり、自ら地域を見つめ直す行動につながったのです。
これらの姿から、地域と結び付いた題材を設定し、作品を実際の社会に届ける活動を取り入れることで、「つくることが楽しい」という実感と、「学んだことが生活や社会につながる」という実感を同時に育てられる可能性が見えてきました。
図工で、地域の見え方を変える
本実践では、子供たちの造形技能や創造力が高まっただけでなく、学習したことを別の場面で生かす姿、人と作品を共有することに喜びを感じる姿、地域の文化に関心を広げる姿が見られました。
図工の学びは、作品を完成させることだけに価値があるのではありません。形や色を通して身の回りを見つめ直し、見過ごしていたものの価値に気付き、自分なりの表現によって人や社会と関わっていくことにも大きな意味があります。
今後は、このような活動を年間のカリキュラムにどのように位置付け、継続していくかを考える必要があります。また、鬼コ以外にも、地域の暮らしや産業、文化の中には、図工の学びにつながる形や色が数多く存在します。
地域と学校がつながり、子供と地域の双方にとって価値のある題材をつくること。それが、図工を「今、楽しい教科」から、「これからの生活や社会を豊かにする教科」へと広げていくのではないかと考え、今後も実践を続けたいと思います。











