ICT活用の校内推進体制
全教員の実践発表で高まる当事者意識
新宿区立富久小学校は、新宿区教育委員会が策定した「新宿区版GIGAスクール構想」に基づき、ICTを活用した授業改革に全校をあげて取り組んでいる。1人1台のタブレット端末が配備された後、ICTを活用した授業実践を発表する月1回の校内研修を2021年度に始め、年度内に各教員が1回は発表することにした。
情報・視聴覚担当の岩本紅葉先生は、「全教員が実践発表を行う計画を立てたことで、当事者意識が高まり、積極的にICTを活用しようという雰囲気が生まれました。参観した実践をもとに各教員がアレンジを加えて、自身の授業改善が進むといった好循環もでき、今ではほぼ全員が毎日のようにICTを活用しています」と話す。
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たとえば、授業公開を通じてICT活用が促進された次のようなケースがある。岩本先生は、担当する図画工作科の授業で、海の生物が動く絵をプログラミングソフトで制作する活動を行った。その際、教室の壁一面に不織布を貼り、プロジェクタで子供たちの作品を映し出して、海中にいるような幻想的な空間を演出した。その授業を多くの教員が見学。「ICTを使ってこんな活動もできるのか」といった驚きとともに、新たな発想や手法を共有することができた。
「子供も私も楽しみながら学ぶ姿を、できるだけ多くの先生方と共有することが、ICT活用を浸透させる方法の1つになると考えています」と岩本先生は語る。
教育活動でのICT活用
学校行事や他校との交流にも活用
授業では、授業支援ソフトで植物の成長を記録・整理したり、協働学習ソフトで意見交換を促したりと、ICTをさまざまに活用している。
岩本先生は、「最初は、説明に時間がかかったり、子供が操作に戸惑ったりするのは仕方ありません。ただ、授業支援ソフトや協働学習ソフトは、低学年でも直感的に操作できるものがほとんどです。子供が『こんなこともできる!』と、自分で機能を見つけながら学び進める姿も見られます」と言う。
同校では、端末の家庭への持ち帰りも実施。デジタルドリルを宿題として課し、オンラインで提出させる学年が多い。1週間の予定を子供にオンラインで配信する学年もある。
学校行事でもICTを活用する。同校は隔年で、全校児童が制作した造形や絵画の展覧会を開催している。2022年2月の展覧会では、体育館での展示に加え、ICTを利用した「バーチャル展覧会」を実施。作品全体と、工夫した部分をクローズアップした画像をWeb上に展示することで、保護者が家庭でも、子供の端末から子供と一緒に鑑賞できるようにした。
また、コロナ禍を受け、密集状態を避けるため、委員会やクラブ活動でも子供同士をオンラインでつないで学年間の交流を行う等、多様な活用法を模索している。
協働学習ソフトの活用(1)
思考を可視化し、意見交換を促進
図画工作専科の岩本先生は、活動の目的や内容に応じてソフトを使い分けている。「授業支援ソフトは、子供が自分の作品を蓄積してポートフォリオを作成するときに、協働学習ソフトは、子供の活動プロセスの可視化や、意見の集計、他者との意見共有等に活用しています」という。
今回の授業では、前時までに作成した「ニステンドグラス」を撮影し、協働学習ソフトのさまざまな機能を利用しながら鑑賞、意見交換を行った。ニステンドグラスは、透明のボードに花紙やカラーセロファン等の光を透す素材をニスで貼ったもので、子供は各自で自由にデザインした作品を屋内外で撮影し、作品を鑑賞しあった。

「本時では、作品に光を透過させると美しく変化するようすを、背景や周囲の要素とともに撮影しました。撮影場所や光のあて方、写真の撮り方等を変えることで、作品の見え方も変わることに気付いてほしいと考えました」と言う。

昨年度の同じ単元の授業では、クラス全員が光の当たる窓辺に同じようにニステンドグラスの作品を掲示して、鑑賞した。今年度は、端末を利用し、各自が好きな場所で撮影できるようにしたところ、光の強さや向きをより強く意識して、もっとも美しいと感じた瞬間を写真作品として切り取る活動となり、子供たちの色や光に対する気付きや理解が一層深まりやすくなったと考えている。
撮影後、協働学習ソフトを活用し、子供がコメントを送りあう活動を取り入れたこともポイントだ。昨年度の授業では、口頭で感想を述べあう活動だったため、数人の意見交流にとどまった。今年度はコメントを送りあうことで、子供たちはじっくり考えて、より多くの友達に感想を伝えることができた。授業後も作品を鑑賞してコメントを送ったり、自分の作品に対するコメントに返事を送ったりすることができるようにし、主体的に学びを続けられるようにした。
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子供たちが入力したコメントや振り返りは、学習評価の材料にもする。岩本先生は、「図画工作科では、作品の出来栄えだけでなく、活動のプロセスも重要です。コメントや振り返りに、自分の作品の工夫点やこだわり、また、友達の工夫に対する気付き等が可視化され、机間指導だけでは捉えきれていなかった部分も評価できるようになりました」と語る。
協働学習ソフトの活用(2)
多くの子供が交流活動に参加できるのはICTの利点
撮影では、子供たちは、雲間から太陽が顔を出した瞬間を見計らったり、校庭に出て日光にかざした後に教室に戻り、「自分の作品は、日光よりも蛍光灯の光のほうがあう」と、屋内外で作品の見え方を比べたりした。
端末配備後、半年程度が経過したが、子供は作品の一覧画面から気になる作品を拡大する等、慣れた手つきで端末を操作し、多くの作品にコメントを送っていた。「私は、色を重ね過ぎると汚くなると思って色を控えめにして作成したけれど、たくさんの色を使ってもきれいにできた作品もあると思いました」等と、自分の工夫と友達の工夫を比較して評価する子供もいた。また、コメントを送りあう間には、「拍手がたくさんついている!」等と喜ぶ声も聞こえてきた。
「みんなの前で発表することが苦手な子供もいますが、端末を使う形であれば、自分の感想を友達に伝えやすくなり、そこで交流が生まれます。より多くの子供が思いを表出し、他者に伝えられるようになるのは、ICT活用の大きな利点です」と岩本先生は説明してくれた。
授業の振り返りも、協働学習ソフトのアンケート機能で作成した画面に入力。「いろいろな場所で作品を鑑賞することで、作品の良いところを見つけられましたか?」という問いに、子供は4段階で自己評価し、作品鑑賞の感想を入力した。

「授業の最後には、挙手を求めて数人が感想を発表する場を設けました。発表することで喜びを感じたり、自信を深めたりする子供もいるため、オンラインでの交流と実際の発表はどちらも大切にしています」と言う。
新宿区立富久小学校の授業風景
成果と展望
ICT活用で広がる思考や表現の幅
岩本先生は、ICT活用を進めることで、子供の学習に多くの良い影響がもたらされていると感じている。「子供たちは、授業に対して明らかに意欲的になっています。その要因の1つには、ICTの活用によって思考や表現の幅が広がり、自分の得意な方法を見つけやすくなったことで、学びそのものの楽しさに気付くようになったことがあるのではないかと考えています」
ある2年生の子供は、絵を描くことに苦手意識があり、少しでも思いどおりに描けないと、紙を破いてしまうことがあった。あるとき、プログラミングソフトを使ってアニメーションを描く活動をしたところ、その子は驚くほど集中して黙々と作業を続け、ついに作品を完成。以降は、紙に絵を描く際にも楽しそうに取り組むようになったという。
「その子は、絵を描くこと自体は嫌いではなかったと思います。おそらく、紙に描くスタイルがあわなかっただけでしょう。デジタルツールによって絵を描く楽しさに気付けたので、アナログのツールでも頑張ってみようという気持ちになったのだと思います。デジタルツールは作業のやり直しがしやすく、失敗を恐れずに取り組めるという要素も、プラスに働いていると感じます」とし、今後も、校内のICT活用を活性化させていくとともに、自身も探究心をもって新たな形の授業をつくり上げていきたいと、岩本先生は語る。
「他校の子供たちとの合同授業を協働学習ソフトで行う等、チャレンジしてみたい教育活動はたくさんあります。子供も教員も楽しみながら学びを深めていけるように、校内、校外、教育委員会等、さまざまな関係者と協力しながら、取組みを充実させていきたいと思います」
新宿区立富久小学校
●学校概要
設立 1931(昭和6)年
学級数 10学級
児童数 284人
●ICT環境
学習者用端末 タブレット型
通信環境 無線LAN、LTE
通信速度 1Gbps
その他のICT機器 電子黒板、実物投影機
導入ソフト ミライシード
ICT担当教員数 3人(情報教育[視聴覚]担当)
ICT校内研修 年10回
ICT支援員 月4回
家庭への持ち帰り 全学年(平日、休日、長期休業中)
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教育委員会のICT活用推進施策
システム整備担当者と指導主事が一緒に学校訪問
個別最適化、協働学習、学習機会の確保の実現を目指す
新宿区教育委員会は2020年度、「新宿区版GIGAスクール構想」を策定し、「個別最適な学びの推進」「協働的な学びの推進」「学習機会の確保」を3本柱に掲げて授業改革を進めている。
教育指導課の池田守指導主事は、「新宿区教育委員会では、『子供の学びたい』をかなえるICTをテーマに、『新宿区版GIGAスクール構想』の実現に向け、学校を支援しています。どのような状況下でも子供の学びを止めないこと、子供が主体的に問題解決的な学習を進めていくことを目指しています」と語る。
また、各学校でのICT活用を支援するため、「ICT推進リーダー研修」「GIGAスクール構想に伴うWEB研修」等、さまざまな教員研修を企画・実施。機器の操作方法や実践事例等の資料を配信する教員向けポータルサイトも開設した。
2021年度には、ICTのシステム整備担当を、教育支援課から教育指導課に移管した。そして、システム整備担当者と指導主事が一緒に各学校を訪問する「GIGA訪問」をスタート。従来の学校訪問に加え、ICT活用に特化した訪問を、すべての学校に対して学期ごとに1回程度実施して、学校の課題に即した支援を行っている。
ICT活用の成果は、教員と児童生徒を対象としたアンケート調査や、学校評価のICTに関する評価項目で測る。同区の課題は、学校におけるICT活用のさらなる推進だ。教育指導課の芝崎康史主査は、新たな施策を検討中だと話す。「ICTに精通した教員が少ない学校では、活用が進みづらい状況です。そこで今後は、さまざまな手段を通じて学校支援を強化し、学校間の事例共有がしやすくなるようにしたいと考えています」
池田指導主事は、今後の目標を、「子供の学習意欲を高めることが、ICT活用の大きなねらいの1つです。そのために、子供ひとりひとりが他者との学びあいを通して、自分にあった学び方を身に付け、力を伸ばせるようなICT環境づくりを進めていきます」と語る。
●自治体概要
人口:約34万1,000人
面積:18.22km²
区立学校数;小学校29校、中学校10校、特別支援学校1校
児童生徒数:約1万2,500人
●ICT環境
学習者用端末:タブレット型
通信環境:無線LAN、LTE
通信速度:Gbps/各校
教員向けICT研修:年11回
ICT支援員:4校あたりに1人