京都産業大学では「未来型技術をキャンパスに実装」「成長機会の創出」「共創」の3つをDX推進の柱として掲げ、大学をあげてDXに取り組んでいる。リシードでは2026年9月15日、京都産業大学経営学部准教授の森口文博氏によるオンラインセミナーを開催。「学生を巻き込む、双方向・参加型の大人数講義DXへの挑戦」をテーマに、400名規模の大規模講義における実践的なDXの取組みが紹介された。
「授業に参加すること自体が楽しい」という感覚を学生にもってもらうことを起点に据えた森口氏の実践は、特別な開発環境や専門知識を必要とせず、教員1人の工夫とツールの組みあわせだけで、大人数講義特有の課題に挑めることを示している。
課題解決の着想とツール選定
森口氏は、京都産業大学経営学部で「経営戦略論(全社戦略)」を担当している。対象学年は2年生以上で、登録者数は2025年度に435人、2026年度に403人という規模だ。
近年、大学教育におけるDX化の推進は加速しており、ICTを活用した学習支援や個別最適化された学びの実現が普及しつつある。その一方で、大人数講義には固有の難しさがある。
教員が、数百人の学生の個々の理解度や関心を把握し、能動的な参加を促すことは容易ではない。学生は受け身になりやすいうえ、教員側も学生の反応をリアルタイムで把握することが難しく、「学習意欲の低下や集中力の維持困難、学びの定着不足につながりやすいという課題を強く感じていた」と森口氏。

この課題に対し、森口氏が着想したのは「講義内容と関連する範囲で、学生にとって関心の高いトピックや話題へあえて逸脱することで、学生の興味を引き、学習意欲を高められるのではないか」という仮説だった。
「多くの学生にとって初めて学ぶ内容について、興味を長時間持続させるのは難しいことなのではないか。それであれば、まずは学生にとって関心の高いトピックを取り上げたうえで講義内容に引き込むというやり方をすれば、効果があるのではないかと考えたのです」。
この仮説をもとに、リアルタイムアンケートツールを用いた「制限時間付きクイズ」と「大喜利」という2つの実践に取り組むことにしたのだという。採用したツールは、投票やクイズ、Q&Aを投稿してライブで共有できる「Slido(スライド)」だ。Q&A機能では他の投稿に「いいね」をつけることができるほか、匿名での投票も可能なため、質問へのハードルを下げることができる。アプリのインストールは不要で、QRコードをスマホで読み込むか、Slido.comにアクセスして回答用の数字を入力するかのいずれかで回答することが可能だ。
森口氏は、前任校では講義の際に日本の大学向けに設計された「Respon」というツールを使用していたが、京都産業大学への異動を機に、同様の機能をもつSlidoへ切り替えたという経緯も述べた。なお森口氏は、生成AIを活用して類似ツールの比較表も作成しており、Mentimeter、AhaSlides、Poll Everywhere、Wooclap、Vevox、Kahoot!など、教育現場で活用できるリアルタイムアンケートツールが数多く存在することも紹介した。

Slidoを用いた講義DXの実践
講義全体の流れは、前週の課題の振返り・学生から届いた質問への回答から始まり、3つの講義トピックそれぞれの終了後にクイズを実施、最後に当日講義のまとめと大喜利、そして今週の課題発表という構成だ。
「制限時間付きクイズ」は、講義の途中でその日の内容に関する三択問題を出題する。回答は匿名ではなく「学籍番号」を入力して投稿させ、制限時間は30秒。TBSの人気番組「オールスター感謝祭」をイメージしたもので、1回の授業で3問出題し、全問正解者の中からトータルの回答時間が早かった学生5名に成績加点を行う。
学籍番号の入力を求めた理由には、明確な設計思想がある。「匿名で回答可能にしてしまうと、それを逆手にとり完全に逸脱した回答をする学生も出てきます。一方で、実名にすると、多くの人の前で自分の名前が上がることを嫌う学生が多いので、回答のハードルが上がってしまう」。
そこで「学籍番号を用いることにした」と森口氏。こうすることで、一見したところでは誰が書いたのかはわからないという、半匿名的な運営が可能になる。
もう1つの仕掛けである「大喜利」は、講義の最後に実施するという。お題はその日の講義内容に関連するものを森口氏が事前に用意し、たとえば経営理念をテーマにした講義回では「京都産業大学の使命に変わる、教員・職員のモチベーションが上がる新たなビジョンを提案してください」といった内容が出される。回答はクイズと同様、学籍番号入力で行う。この際、「ボケてもOK」と記載しておくことで、学生の参加ハードルを下げる工夫をしている。
その理由について森口氏は、「大喜利を採用する目的は、その講義での学びを何かしら記憶として残しておいてほしいということ。お題に少しひねりを加えて学生が考え込む瞬間を作ったり、面白いことを回答してやるぞという意識が学生の中に芽生えたりすると、その行動や意識に紐づいて講義内容が記憶に残りやすくなる」と説明する。

ツール導入による効果と学生の反応
これらの取組みへの評価は、2025年度の講義終了後の授業評価アンケートを通じて確認されている。クイズについて「良かったと思うか」という設問には「強くそう思う」36%、「そう思う」37%と、合計73%の学生が肯定的に回答。大喜利についても「強くそう思う」30%、「そう思う」40%と、合計70%が支持する結果となった。
自由記述欄には「クイズがあることで授業内に印象の強い振り返りができ、記憶の定着に繋がったように思います」「加点制度めっちゃ楽しかったです!!」といった声が寄せられている。

さらに森口氏は、この取組みが「その場の楽しさ」を演出するにとどまらず、実際の学びにつながっているかを検証した結果を発表した。
クイズ・大喜利それぞれで「加点実績のある学生」と「加点実績のない学生」の成績を比較したところ、クイズについては有意差が確認された(p値=4.0×10⁻⁵、中央値:加点実績あり90点、加点実績なし79点)。一方、大喜利については有意差は見られなかった(p値=0.2116、中央値:加点実績あり82点、加点実績なし80点)。とはいえ、「単に差があったということだけで、クイズに参加したら成績が上がるという因果関係があるわけではありません」と慎重な姿勢も崩さない。

科目全体の満足度についても良好な結果が示されている。「総合的に見てこの科目に満足していますか」という設問への回答は、2025年度の科目平均が4.20、2026年度が4.24となり、いずれも全学平均・学部平均・分析区分平均を上回った。この結果から森口氏は、講義に関連した創造的な逸脱が、大人数講義でも学生が楽しく学べる可能性を示唆していると分析する。

また、番外編として、講義開始前15分間、学生からリクエストを受け付けたBGMを教室に流す取組みも紹介された。前週の課題の最後の設問でリクエストを募り、森口氏が独断で4曲を選んでYouTubeで流すという試みだ。
この取組みについても肯定的な回答が8割を超え、科目平均は4.20に達している。「自分自身も楽しんでいるところもあるが、若い人たちの間でどういう曲が流行っているのかということを知ることができます」とこの取組みの意外な効用を語ったのち、「最近の学生の傾向として、真面目に何かを学びたいという考えが根本にある子が多い。そのうえで、『やはり楽しい』ということが授業中にあれば、なお良しではないかと考えてこれらの取組みを行っています」と語った。
アナログとデジタルの使い分け
森口氏はDXツールの活用と並行して、PDFでの資料配布に加え紙のレジュメも配付するなど、あえてアナログな手法を組みあわせる工夫もしている。
紙資料には理解・記憶を促進しやすい、集中しやすく深い学習につながりやすい、目の疲労が少なく学習負担を軽減できるといったメリットがある。一方、持ち運びや管理に手間がかかる、教員側での学習履歴の収集・分析が難しいといったデメリットもある。
そこで森口氏は、講義動画もZoomで収録し講義後に配信。こうすることで、現場では紙の配布資料で学び、講義後は動画で復習するという、デジタルとアナログを組みあわせた柔軟な学びの提供を実現した。


「何でもかんでも電子化する、DX化する、生産性向上・効率性アップにしていけば良いのかというと、実はそうでもない。うまく使い分けることが良いのではないか」と、森口氏は使い分けの重要性を強調した。
今後の展望
一連の実践を振り返り、森口氏は「学生は楽しければ、授業に参加しやすくなる。『楽しく』『学ぶこと』を通じて、『学ぶこと』が『楽しい』となってほしい」という思いがあるという。
「リアルタイムアンケートツールを使えば、おそらくどなたでも取組み可能で、大人数講義でも学生に楽しく学んでもらえる工夫はできるはず。大事なのは、教員自身も楽しんでこのツールを使って講義をすること。これが意外に大事なのかもしれません」とも述べた。
専門的な開発体制やシステム投資を必要とせず、教員1人の工夫と手軽なツールの組みあわせだけで大人数講義の課題に挑む森口氏の実践は、デジタルとアナログを柔軟に使い分けながら、学びの質向上を追求するひとつのモデルケースと言っても過言ではない。デジタルツールを万能視せず、紙の配布資料や動画配信とのハイブリッドな使い分けを模索する姿勢は、DXの本質が「手段の選択」ではなく「学びの質の向上」にあることを改めて気付かせてくれるものだ。
今回の実践例は、専門部署をもたない大学や、個人の裁量で授業改善に取り組みたいと考える教員にとって、再現性の高い具体的なヒントを与えてくれるものだったのではないだろうか。














