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【EDIX2023】地域移行“だけ”を目的にしない「未来のブカツ」本質的に必要な改革とは

 2023年5月10日より3日間の会期で開催された日本最大の教育分野の展示会「EDIX(エディックス)東京」。経済産業省 前・教育産業室長・スポーツ産業室長の浅野大介氏と静岡聖光学院中高等学校 前校長の星野明宏氏が登壇した特別講演のようすをレポートする。

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EDIX2023「<対談> 経産省「未来のブカツ」実証事業を解剖する」
  • EDIX2023「<対談> 経産省「未来のブカツ」実証事業を解剖する」
  • 経済産業省 前・教育産業室長・スポーツ産業室長(現・経済産業政策局 産業資金課長)浅野大介氏
  • 静岡聖光学院中高等学校 前校長、現オフィスホシノ 代表取締役/東芝ブレイブルーパス東京 プロデューサーの星野明宏氏

 教育分野としては日本最大の展示会「EDIX(エディックス)東京」が2023年5月10日から12日まで東京ビッグサイト西展示棟で開催された。

 2日目、5月11日の特別講演「<対談> 経産省「未来のブカツ」実証事業を解剖する」に登壇した経済産業省の前・教育産業室長・スポーツ産業室長(現・経済産業政策局 産業資金課長)浅野大介氏と、静岡聖光学院中高の前校長、現オフィスホシノ 代表取締役/東芝ブレイブルーパス東京 プロデューサーの星野明宏氏は、経済産業省が2021年6月に「地域×スポーツクラブ産業研究会」第1次提言を公表後、全国10か所で実施した「未来のブカツ」フィージビリティスタディ事業*(以下、FS事業)から見えた課題を総括し、日本の学校教育における「部活」の未来像を語った。
*新規事業などプロジェクト事業化の可能性の調査

 浅野氏は、2021年度より、経産省で「未来の教室」プロジェクトの一環として、学校部活動と地域スポーツ活動の融合の可能性を探る「未来のブカツ」実証事業を推進。大都市圏から小規模都市圏まで、プロスポーツや学習塾、大学などのさまざまな主体と連携し、“ボランティア依存ではなく経済的に採算のとれる「民間スポーツクラブ」と「学校部活動」が混在する放課後=「未来のブカツ」”という新しい可能性を追求してきた。

 星野氏は、桐蔭学園高校、立命館大学でラグビー部に所属。電通に入社し、スポーツビジネスを手がけた。その後、静岡聖光学院中学校・高等学校の教員となり、ラグビー部監督に就任。週3日、1日90分という練習環境ながら、当時弱小高校だったチームを3年で全国大会初出場に導いた。独自理論を評価され、U17・18カテゴリーのラグビー日本代表監督にも就任。同校で教頭、副校長そして校長を歴任した。「未来のブカツ」実証事業には「ブカツコーチ」として参加した。

大目標は「地域移行」ではなく、「中高生のスポーツ環境の質的向上」

 全国の小中学校にICT学習環境整備と民間の教育企業を取り入れ、学びのDXを文科省と連携し推し進めてきた浅野氏。このGIGAスクール構想に続いて舵を取ったのが「未来のブカツ」だ。FS事業のスタートは2021年6月に「経済産業省 地域×スポーツクラブ産業研究会」で整理された以下の5つの提言に遡る。

  1. 学校部活の地域移行についての大方針の明確化(企業・NPOも担える「社会教育」と整理)

  2. すべての競技で、「学校部活動単位」に限らない「世代別(U15/U10 等)」の大会参加資格に転換を(各競技団体・中体連・高体連に要請)

  3. 「スポーツは、有資格者が有償で指導する」という常識の確立。各競技団体での指導資格取得の義務化、学校兼業規制の緩和

  4. 学校の「複合施設」への転換と開放、「総合型放課後サービス」の提供。フィットネス産業・プロスポーツ等のPPP*参画による公共施設整備・共同利用の促進。学校施設等整備の自治体向け補助金の施行の工夫

  5. スポーツ機会保証を支える資金循環の創出。スポーツ振興くじtotoの収益性向上(インプレイくじの検討)等

*PPP(Public Private Partnership):公共施設等の建設、維持管理、運営等を行政と民間が連携して行うことにより、民間の創意工夫等を活用し、財政資金の効率的使用や行政の効率化等を図るもの

 政策の全体像として、スポーツDX推進によるトップスポーツの収益力拡大とサービス業としての「地域クラブスポーツ業」の育成の両輪が必要であると定義。そのための資金循環・人材循環を実現する産業政策が必要と、実証事業に至るまでの流れを整理した。

 「部活の地域移行をする場合、それはスポーツなどの習い事系サービス業と学校の掛け算になる。ただ、地域移行は手段にすぎず、“何のためにやるのか”が重要。それはU15/U18世代のスポーツ環境の向上のためだろうと思う。そして、関係者の無償ボランティアだけでは続かないので対価が必要になるが、支払えないご家庭のお子さんの機会格差を埋める財源も必要。たとえば平成初期から総合型地域スポーツクラブをつくってきた先輩方のボランティア精神に、社会全体があまりに寄りかかり過ぎて、スポーツ指導に十分なお金を払わない、つまり社会の側が対価について真剣に向き合ってこなかった。

「日本のプロスポーツの収益力を増せば、ジュニア世代のスポーツ環境づくりにも還元できる」と語る浅野氏

 子供の経済格差を埋めるためにも、プロのトップスポーツが大きなお金を稼ぎだし、その稼ぎを日本中のジュニアのスポーツ、さらには生涯スポーツ環境のためにもっと収益還元できないか。そもそもスポーツ振興くじtotoはそういう発想で生まれたはずで、日本のトップスポーツの競技レベルの高さからすれば、経済的な価値はもっと高いはず。スポーツビジネスのDXを通じてtotoが潜在力を発揮できれば、日本のトップスポーツが、全国のジュニア世代のスポーツ環境を助ける“足長おじさん”になるくらいのお金の循環も創出できる。そういう可能性について、経産省なりにも提言してきたつもり。

 部活動の地域移行の話題も、文科省の手も届きやすいから“まずは公立中学校から”とか、平日はハレーションが多そうだから“まず休日の話から”とかでは、結局出口のビジョンが見えなくなる。ここはシステム全体の再設計が必要だと思う。私立だって大変。三六協定を結んでいても、今の学費で部活の残業代をまともに支払っていたら学校は倒産してしまう。また、休日だけでなく平日の問題こそ重要で、部活を通じてでなければ教師が会話の糸口を探れないような厳しい生活環境の生徒さんもいるし、それが学習への入口にできる場合もある。そういう生徒たちから平日の放課後の活動を奪ってはまずい。

 私は、機会均等を確保する財源をつくる前提で、部活を学校としてやりつづける地域もあれば、生徒数が少ないから複数の学校が集まって運営する民間クラブに移行する地域があっても良い、多様な運営形態のクラブが混在する競技環境を作れば良いのではないかというスタンスで実証事業を行ってきた」(浅野氏)

 初年度の実証事業は、団体、学習塾、クラブチーム、学校法人などが主体の多様な10のプロジェクトを採択した。しかしそのうち採算が合ったのは茅ヶ崎の「ブラックキャップス」という新設の硬式野球クラブのたった1事業だけ。これはプロ野球選手のパーソナルトレーニングも担うプロコーチたちが週2日、合理的・科学的なコーチングを子供たちに行うものだが、「月額10,000円超えの保護者負担でも、保護者が満足して応じる結果になった」と浅野氏は振り返る。「これが現実で、保護者負担が月3,000円程度ではまともにサービスを提供するだけの採算はあわない」と、実証事業から見えた課題を次のようにあげた。

  • 自然体では「地域移行は、現状まったくフィージブル(実現可能)な状態ではない」

  • そもそも、多くの教育長や校長にとって差し迫った危機ではない

  • そもそも、想定する価格が低すぎて事業にならない

  • そもそも、関係者間の対話が不調なまま

  • 「地域移行」という政策の課題・目標設定そのものの軌道修正が必要(「地域移行」以上にもっと大事な課題が、置き去りにされている)

 「文科省からすれば『先生たち、部活に逃げず、授業を生き甲斐にしてください、だから部活は地域移行しましょう』と言いたいんだろうと思うが、そのメッセージにも違和感はある」という浅野氏は、「そういう面もあるかもしれないが、もし“部活”が単なる根性論の世界ではなく、探究的で科学的な学びであり、人との間で友好なコミュニケーションを交わす力を培い、自分で計画を立て、試して壊すを繰り返すという、一生使い続けることができる能力を身に付けられるなら、立派に教育課程の一部になるのでは」と強調。

 「実証事業の過程で、中高生のスポーツ環境について“地域移行”より重大な課題をたくさん発見してきたし、“地域移行”も現状では経済的に難しい。そもそも部活の地域移行なんて『手段』にすぎなくて、『移行自体が目的』ではない。本当に実現すべき最上位目標は、『中高生に“選べる、楽しい、探究的”なスポーツ環境を整備すること』『部活顧問の教師や地域スポーツクラブ関係者の労働環境を整備すること』。この原点に立ち返るべき」とし、星野氏が行った静岡聖光学院の部活改革の話に移った。

「何となく」を徹底的に排除し、「思考の質」を追求する部活

 「学習指導要領には『部活は教育課程との関連性を意識して運営すべし』という内容が書かれているが、正直言って、学校現場ではこの点がほぼ無視されている気がする」と指摘する浅野氏。「その点、星野氏は、静岡聖光学院中高にいらしたころ、生徒自身が主体となり、顧問たちがしっかり支える探究的な部活を行い、学習指導要領の大切にする資質・能力の育成にも直結するようなラグビー部運営を行ってこられた」と紹介した。

 星野氏は実際の月間スケジュールをスクリーンに映し、静岡聖光学院ラグビー部の「時短部活」の取組みを説明した。

 年間100回の短時間練習では「何となく」を徹底的に排除し、具体的解決プランに挑戦、最大限の結果を出す、自主性と主体性を重視した活動、自分で24時間365日をデザインする、試合は「思考の質」で上回る、と定めた。

 「部活動の時間を火曜日と木曜日90分(2~10月)、60分(11~1月)、土曜日は120分程度に定めた。時間がかかるストレッチの時間をその90分間には含めず、授業の最後のホームルームの時間に足首や手首を伸ばしたり、集合時にダッシュをさせたり、アップ時間を短縮した。

 また、話しあう時間が足りないので、水分補給の60秒の時間に、試合中のレストの60秒と同じように話しあいを行った。また、キャプテンを昼休みに呼んでメニューを考えさせるようなことはせず、経験豊富な大人が映像やデータ化した資料を用意して最初の5分にグラウンドで見せて、その日の練習目的を明確化。通常授業でも最初の5分はイントロダクションを入れるということを取り入れた。練習開始前の5分は「主体練」の時間として、生徒ひとりひとりが自分の好きな練習をする時間、主体的に取り組める時間にした。

 さらに学校の理念と部活の理念をあわせ、「勝たなくて良い」と宣言。文化部も先生がやりたいことと生徒がやりたいことをマッチングして『ミニ四駆部』が生まれたり、海外と交流したりもした。学校施設の一部をコワーキングスペースとして開放したり、サッカーやバスケットボールのユースチームにグラウンドや体育館を有料で貸したりと、収入を得るようにもした」(星野氏)

「学校の理念と部活の理念をあわせ、勝たなくて良いと宣言した」と語る星野氏

部活は「教科横断で、真に探究的な教育課程」にもなりうる

 浅野氏は「ラグビーはインプレーの時間が60秒や90秒くらいの間隔で途切れるが、プレーが途切れたレスト(休息)の60秒間の『話しあいの質』次第で、次のプレーの質は決まる。星野さんが率いた静岡聖光学院中高のラグビー部が長年育んでこられたような、短時間で問題点を共有して、意思決定に持ち込む対話力というのは、国語科の資質・能力の1つ。どんな言葉を選び、どう伝え、合理的に意思決定して、周囲も鼓舞できるか。これは大人になってから企業で無駄な会議を減らすことにも通じる力」と指摘。

 星野氏は「そのとおりで、円陣の中でキャプテンが精神論を語り、格好つけて『気合入れろ!』と叫んでみても、何の問題解決にもならない。学校では、先生たちにも19時以降から翌日の朝7時までは一切メールも電話もしないことをルール化し、働き方を見直してもらうこともした。会議は “アイデアを出しあう”または“決める”の2種類しかない。今はアイデアを出しあうために集まる必要はなくSlackなどのツールで十分」と同調した。

 「全国には、生徒数の減少で複数校の生徒が集まる地域クラブを作らなければ集団スポーツを経験できない、部活の地域移行が必要な地域もある。しかし一方で、生徒数が十分いる地域の場合、むしろ学校の教育課程の中に組み込む学校が出てきても良いのではないか。保健体育や理科、数学、家庭の時間を合科させたりできないか。」という浅野氏の問いに対し、星野氏は「そのとおり。部活の地域移行は16時から18時の間の話ではない部活は、うまく組み立てれば教育的な価値がある。もっとロジカルに考える力などを身に付けられて、生徒が成長する、その人材が将来は地域にも貢献する、となれば説得力が増す。部活がうまく設計されることを通じて、中学校の保健体育や小学校の体育の時間そのものが改革されていくなど、いろいろな可能性がある」と答えた。

 浅野氏は最後に「ジュニア年代に地元のプロスポーツクラブがどういう貢献ができるか。」と星野氏に問いかけた。

 「東芝ブレイブルーパス東京では収益構造化が最大のミッションで、チケットを売ったりグッズを売ったりをすることも大切だが、一方で大切なことは、元代表レベルの指導者がセカンドキャリアとしてジュニア世代のスキルアップに貢献すること。これまで月1,000円程度のボランティアでレッスンを行っていたが月10,000円に設定した。部活の代わりという発想だと価格が上がらないが、学習塾やほかの習い事と同じように子供のスキルアップにつながれば保護者はお金をかける。コミュニケーションスキルが身に付く、タイムマネジメントができるようになるなど、子供に行動変容が見えれば保護者の価値観は変わっていく」と星野氏はスポーツクラブの教育価値を説いた。

 浅野氏は政策の最上位目標を再定義することが重要とし、「子供たちが、自由意思で環境を選び、楽しく探究的なスポーツ活動ができる環境づくりが最上位目標なので、部活の地域移行だけではなく、逆に学校の教育課程に真面目に入れ込む学校を増やしても良いはず。このことは、役所での担当は離れたが、ひとりの教育政策研究者としてこれからも発信していきたい」と講演をしめくくった。


 文科省が打ち出した学校部活動の地域移行の「受け皿」づくりを試行錯誤してきた経産省「未来のブカツ」プロジェクト。長時間の非科学的な指導による生徒の負担、顧問の先生の勤務時間の負担や未経験競技を指導する負担、地域格差や家計格差など「部活」をめぐる課題は全国各地さまざまだ。その多様多種な課題を抱える部活改革を一歩でも前に進めるために全国の教育関係者に向けて語られた星野氏の取組みと浅野氏の再定義は、日本のジュニアスポーツの発展を持続可能なものに組み替えていく、未来への道しるべとなりそうだ。

《田口さとみ》

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