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高校「情報I」プログラミング学習 学習の実態と大学共通テスト対応に必要なこととは

 高校で必修化された「情報I」とそこで扱うプログラミング学習の内容、また、社会や大学入試で求められるプログラミングの内容はどう違うのか。教科書の採択状況とプログラミング言語の観点から、「情報I」におけるプログラミング学習の概要と課題についてみる。

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高校「情報I」プログラミング学習 学習の実態と大学共通テスト対応に必要なこととは
  • 高校「情報I」プログラミング学習 学習の実態と大学共通テスト対応に必要なこととは
  • 高校「情報I」開始前の「指導予定のプログラミング言語」に関するアンケート
  • 都立高校の採択した教科書で取り扱うプログラミング言語

 情報社会の進展に伴い、あらゆる産業においてデジタル化が進み、すべてのものづくりにプログラミングが必要な時代となり、進路の選択によらずとも情報技術を適切かつ効果的に活用する「情報活用能力」が必須となっている。また、経済産業省が取りまとめた調査によると、国内のIT人材は2030年には最大で約79万人不足すると試算され、AIやビッグデータを使いこなし、Society 5.0の社会に対応したIT人材の育成が急務となっている。

 こうした社会情勢を踏まえ、先の学習指導要領改訂により、2022年度から高等学校情報科に共通必履修科目「情報I」と選択科目「情報II」が新設された。またこれにあわせて、2024年度からは大学入学共通テストにおける試験科目として「情報」が加わり、国立大学の一般選抜の受験生には従来の5教科7科目に「情報」を加えた6教科8科目が課されることとなる。また、私学においても、国によって「情報」を入試に採用する大学の拡大が図られている。

 このように情報教育における機運と期待が高まっている一方で、特にこれまで学校側の指導経験が乏しかったプログラミング教育が注目されている。新しくスタートした「情報I」におけるプログラミング学習の概要と課題についてみていく。

デジタル化が進む中、求められる情報活用能力

 高校における「情報I」の設置背景については、高等学校の新学習指導要領によると、「情報化・グローバル化が進展し、多様な事象が複雑さを増す中、進化したAIがさまざまな判断を行ったり、身近な物の働きがインターネット経由で最適化されるIoT が広がったりする等、Society 5.0 とも呼ばれる新たな時代の到来が社会や生活を大きく変えていく」との予測のもとで、「教科等横断的な資質・能力として『情報活用能力』を位置付ける」としている。そのうちプログラミングにおいては、「身近なものにコンピュータが内蔵され、プログラミングの働きにより生活の便利さや豊かさがもたらされていることについて理解し、そうしたプログラミングを自分の意図した活動に活用していけるようにする」こととし、コンピュータについての本質的な理解に資する学習活動としてプログラミング学習を設置した。「情報I」で問題解決のためのプログラミング、「情報II」で情報システムのプログラミングを学ぶこととしている。

前年のアンケートではPython、JavaScriptが採択予定言語で人気

 「情報I」が開始される前の2021年10月、アシアル情報教育研究所が全国の公立高校の情報科教員を対象に実施したアンケート調査結果によると、2022年度における「情報I」で採用予定の教科書は「実教出版 最新情報I」がもっとも多く、未回答を除き約2割を占めた。ついで「実教出版 高校情報I Python」が同じく約13%、「東京書籍 新編情報I」が約12%、「東京書籍 情報I Step Forward!」および「数研出版 高等学校 情報I」が約10%等となっており、以後、「日本文教出版 情報I」、「日本文教出版 情報I 図解と実習」、「実教出版 図説情報I」「実教出版 高校情報I JavaScript」と続く。

 また、指導を予定しているプログラミング言語を聞く設問(複数回答可)では、全体の62.9%がPython、30.5%gがJavaScript、21.5%がVBA、18.9%がScratchを指導予定とそれぞれ回答している。

高校「情報I」開始前の「指導予定のプログラミング言語」に関するアンケート

汎用性・需要が高く共通テストにも対応しやすいPython

 Pythonはシンプルで短いコードでありつつ汎用性・拡張性が高く、特にAIやデータサイエンスの分野においても活用されていること等から、世界的に注目が集まっている言語である。文部科学省の高等学校情報科「情報I」教員研修用教材にも例示され、応用範囲が広く、また、Webサイトから無償ダウンロードして使用できることも特徴となっている。

 一方のJavaScriptはWebブラウザ上で動くプログラミング言語であり、世界中の多くのWebサイトで使われていることから非常に需要が高く、生徒にも身近で、こちらも人気の言語である。テキストエディタとブラウザがあれば実習できる手軽さも魅力のひとつだろう。

 国が「AI戦略2019」においてデジタル時代の「読み・書き・そろばん」である「数理・データサイエンス・AI」の基礎等を育むことを目指し、文理を問わずすべての大学・高専生(年間50万人)に初級レベルの、一定規模の大学・高専生(年間25万人)に応用基礎レベルの数理・データサイエンス・AI教育を実施すること等を目標とした「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」を推進していることからも、そうした分野を得意としており、関連が深い言語であるPythonが採用したい言語としてもっとも多く選ばれていることはさもありなんというところだろう。

 おりしも2025年度の大学入学共通テストから新設される「情報」では、独自の日本語プログラミング言語DNCL(センター試験用手順記述標準言語)が採用され、プログラミング分野の内容が出題される。DNCLは特定のプログラミング言語に依存しない形式とされているものの、表記方法はPythonとよく似ており、DNCL自体がPythonをもとに作られているのではないか、Pythonをベースにプログラミングを学習すればあまり違和感なくDNCLも理解できるのではないか、という予測も出ている。

都立高の採択教科書ではPythonの他VBA、Scratchも多い

 しかし、そうした国の構想や教育現場の期待とは裏腹に、実際に始まった「情報I」のプログラミング学習では、求めていた内容と教科書の内容が異なるケースや、教科書のみの内容を追うだけでは大学入試共通テストの「情報」が求めるレベルに達するのは難しい実態がありそうだ。

 東京都教育委員会が発表した都立高等学校における2022年度の「情報I」の採択教科書の結果によると(回答数164校)、採用数がもっとも多かったのは「実教出版 最新情報I」(活用言語:VBA)で20.1%を占めた。ついで「東京書籍 新編情報I」(Python、Scratch)で14.6%、「日本文教出版 情報I」(Python)で11.0%等となっている。そして、それらの採択された教科書が扱うプログラミング言語を集計すると(言語を複数扱う教科書は複数カウント)、都立高校のうち、教科書でPythonを取り扱うのは全体の56.7%、ついでVBAが39.6%、Scratchが31.7%、JavaScriptが22.0%という結果となった。

都立高校の採択した教科書で取り扱うプログラミング言語

 調査対象が異なるため単純比較はできないものの、先に示した「情報I」開始前の採択予定の教科書とプログラミング言語に関するアンケートと比べると、Pythonが最多となったのはどちらも同じだったものの、VBAやScratchが予想外に多い結果になったといえる。これはプログラミングを初めて学ぶ生徒でも理解しやすいように、教科書側が生徒にとって身近なExcelを活用したVBAを取り上げたり、多くの教科書で1つの言語に特化せず、多様な生徒の実情に配慮してさまざまな言語を並列して教えたりしていること等が理由としてあげられる。たとえば、採択で2番目に多かった「東京書籍 新編情報I」では、PythonのコードをScratchのビジュアルで解説するといったわかりやすく工夫した説明をしている。

 また、事前アンケートと都立高の採択結果を比較して、教科書については「実教出版 最新情報I」が最多になったのはどちらも同じだが、2番目に多かったのは事前アンケートでは「実教出版 高校情報I Python」だったのに対し、都立高の採択では「東京書籍 新編情報I」だった。

 東京都では教科書選定において、各学校に校長を委員長とする「教科書選定委員会」を設置。2022年度までに作成した「高等学校用教科書調査研究資料」を活用した調査研究結果と、生徒の実態等を踏まえ、高等学校用教科書目録のうちから、もっとも適切な教科書を選定。東京都教育委員会は、各校の選定状況と資料等をもとに、各都立高等学校等で選定した教科書を適当とし、教科書を採択した。Python等の実践的なプログラミング言語に特化した教科書を望んでいたとしても、実際には他の単元を含む総合的な判断の結果、より初心者にもわかりやすいビジュアル言語等の内容を取り入れた教科書を選ぶことになったという事情があるのかもしれない。

学びやすいが社会需要とやや距離があるVBA、Scratch

 「情報I」の各教科書が取り扱うプログラミング言語は、おもにPython、VBA、JavaScript、Scratchの4種類となっている。このうちPythonおよびJavaScriptは先に記したとおり今後のデジタル社会で需要が高い、本格的なプログラミング言語である。

 VBAはMicrosoft Office製品に付属したプログラミング言語であり、Excelさえあればすぐに実習ができ、コードもシンプルでわかりやすく、初心者にも学びやすい。しかし、おもにMicrosoft Officeの自動化のためのプログラミング言語であるため、デジタル社会における汎用性や需要といった点ではPythonやJavaScriptに引けを取るといえるだろう。

 一方のScratchは米国MIT Media Labが開発した子供の学習・教育向けプログラミング言語で、コードを使わずブロックで直感的にプログラムを組むことができる。小学校や中学校でも取り組むことが多く、継続的に学習ができることや、初心者でもわかりやすくプログラミングの仕組みや流れを視覚的に理解できる等の利点がある。しかし、あくまでビジュアル言語であるため、そのまま実生活では活用できず、大学受験や社会で求められるプログラミング言語の記述を理解・活用するにはさらなる学習が必要となる。

共通テストはDNCLで幅広く出題、不足分の補習が必要

 また、そもそも「情報I」の教科書の学習のみでは大学入学共通テスト「情報」の対応に不十分であることも注意が必要である。大学入学共通テスト「情報」はオリジナルの日本語対応言語DNCLを活用したプログラミング問題が出題されるが、サンプルで出されたプログラミングの問題をみると、変数と定数、代入、演算、関数、制御文等の幅広い問題が出されている。しかし、「情報I」の各教科書がこれらのすべてのDNCLの問題に十分対応しているわけではなく、DNCLに関する事前の演習が必要であるとの指摘もある。特にScratchはブロック型のため表記自体が異なり、DNCLとの類似点が少なく、DNCL自体の演習が求められることとなる。大学入学共通テストに対応していくには、「情報I」の教科書のみならず、副読本や学習ノート、ドリル、共通テスト問題集といった副教材を活用して、共通テストで出題されるプログラミング要素で教科書に足りない部分を補い、演習を行っていくことが必要になるだろう。そして、その際にはそれぞれの言語とDNCLとの親和性を鑑み、それに配慮した演習が求められることとなる。

本物の情報活用能力を培うためにプログラミング学習を見直す

 DNCLはあくまで大学入学共通テストのみで活用される言語であり、社会で求められる言語とは異なることは言うまでもない。テスト対策のためだけにDNCLに特化した演習を行うよりも、本来の目的として、生徒が今後の情報社会を生き抜くために必要な情報活用能力のひとつとしてプログラミングを学習し、その学んだ内容でDNCLにも応用できるという学習を進めていくことが理想だろう。

 リシードでは各学校で採択した「情報I」の教科書や副教材、指導している言語のアンケート調査を行っている。今後の自校の「情報I」の授業を見つめ直すよすがとし、また、より充実した授業にしていくためにも、ぜひアンケートにご協力いただきたい。


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《羽田美里》

羽田美里

執筆歴約20年。様々な媒体で旅行や住宅、金融など幅広く執筆してきましたが、現在は農業をメインに、時々教育について書いています。農も教育も国の基であり、携わる人々に心からの敬意と感謝を抱きつつ、人々の思いが伝わる記事を届けたいと思っています。趣味は保・小・中・高と15年目のPTAと、哲学対話。

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